''いろいろなお仕事
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ブームの残り香
夜のブクロを ガラッガラガラ ガラガラ ガラガラ と。
んん? もしやこの音は!
振り返ると、やっぱり!!
いまやほとんど見られなくなった例のカートを引っ張って、足早に歩くおねーさんがネオンの中に浮かび上がった。
あー まだ使ってる人がいるんだね~
そう、使えるうちは使わなきゃもったいないわ。
しかしね…
「おねーさーん それ3年前に終わってるよ~~」と、
遠のいていくその背中に、私は小さく声をかけたのであった。
ラブホなタクシー
先日、羽田からリムジンバスに乗り、池袋・プリンスホテルで降り、荷物が多かったのでタクシーに乗った。
「近くて悪いけど北口のラブホテルんとこ」と言ったら
車を出しながら運転手さんが、
「このあいだあの近くでとんでもない客拾っちゃってさ」というので
…何があったの?
「どこでもいいからラブホテルに行けっていう2人連れなんだけど、あの辺で止めて降ろそうとしたら、ホテルが空いてるかどうか聞いてこいって言うんだよ。降りて自分たちで探しなって言ったら、俺が空いてるとこ探すまで降りないって言うんだ」
…え~ なんて奴らだ!
「押し問答したけど、降りねーんだ。後ろ向いて話すのも危なくてさ、仕方ないからホテルに聞きに入ったけど、なんかどこも満室でさー空いてるとこないのよ」
…あ~ なんか月に1回くらいすごい日があって、出たり入ったりウジャウジャ歩いてるラブホ難民がいるね。あんなにたくさんあるのにね~。
「あの細い道に車止めてさ、あそこ一方通行だからさ、止めとくのヤバイしよ~、空き部屋あるか聞き回ったよ、隣から隣へ」
…う~む、なぜだかいっせいにもよおす日があるのかね~(私もややラブホ色に染まっているので、少々えげつなくなっているのだ)
「なんだろな~ 1組出て行くのがいて助かったよ。やっと降りたけど、いや~災難だった、とんでもない奴らだ」
…いや~ そりゃ気の毒だったね~。はい、710円。
ラブホなブーム
引っ越したばかりのころラブホ街を通ると、
女の子がカートをガラガラ引いていることがすごく多かった。
その時はまだこの辺の事情が分からず、家出娘(古いのは分かってるけどさ、今風になんて言えばいいのよ?)が引っかけられてラブホ行き??とか思ったのだ。
だって
「家、どこ?」
「あ、千葉」
「ふ~ん、俺、埼玉」
「両親そこにいるの?」
「うん、兄貴がいて一緒に住んでる。でも、俺、帰らないからさ~」というような、まるっきり初対面の会話でホテルに入っていくんだもん。
不思議なのは、普通女の子の荷物、男が持ってあげるじゃない?
それが皆無なのね。
女の子がカートを引っ張っていて、ラブホ街のラッシュのときはガラガラガラガラ、すっごい音だったの。
その後しばらくして、彼女たちがお仕事レディーだってやっと気が付いたのよ。にぶいわね、私。
んでもってよく見るとそれぞれみんなキティーちゃん付けたり、ヒョウ柄のカートだったり、スワロフスキーでキラキラ~だったりしたわけ。
何が入ってるんだろうな~ パカッと開かないかな~ と思って見てたんだけどさ。
最近ね、カートブーム去ったの。
いまはカート引いてる子なんて1人もいないよ。
最近はこんな感じ。
彼女は営業終了直後なんですけど、このようにでかいバッグとブランドの紙袋バッグ、そしてポーチね。前に回るともう1個バッグを持っているの。これで携帯で話しながら歩いてるわけ。
私なんぞこんなに持ったら、2~3個忘れるね、きっと。
いったい何が入っているんでしょうね~
あのバッグ、パカッと開かないかな~
ドラマ
なぜかクジラの絵が描いてある。
ここの電柱のところで、よく立ち話をしたり、人がたむろしてたりする。犬も電柱におしっこするし、何もないより何かあったほうが安心するのかしらね。
先日ここを通って買い物に行った。
男が2人、立ち話をしていた。
スニーカーにTシャツ、ジーンズ姿。このへんではありふれたいでたち。
横を通るときに、その男の1人と目が合った。
その眼は、そのまま水平に、私の背後にゆっくりと移動していった…
刑事の目。
買い物、郵便局、区役所、そのうち雨が降ってきた。
トイレットペーパーを買ってティッシュも買って大根も買って重くなった。傘をさすのが大変。
さっきのクジラの前を通ると……
2人の男はまだ立ってなにげなく話していた。
あれから3時間。さっきは持っていない透明傘をさして。
大変なお仕事である。
別の日に、このあたりを昼間歩いていたら、向こうから中国人のガッチリとした体格の男がやってきた。
私の背後からするっと男が飛び出して彼の前に立ち、腕を掴んで
黒い手帳を掲げ「はい、パスポート見せて、パスポート」
突然どこから現れたかその中国人の男の背後に男が2人。
3方をあっという間に取り囲んでいた。
あまりの早業、私はそうとうしばらく歩いてから
「まるで刑事ドラマみたいだった」と、思った。
河豚は知っている
この間の夜、この店の前で警官が3人、男が1人ウロウロしていた。
なにかな、なにかな~??
男たちの真ん中におねーさんが寝ていた。
というか、キャバクラ嬢があられもなく、ミニのワンピースがずり上がってパンツが見えている姿で道に大の字になり叫んでいる。
「うるせーよ!ばかやろーしみったれやがってー!触るな~~!!」
男はオタオタしながらおねーさんを立たせようとするが、
「気やすく触るな~~!いやらしいっ!」
警官たちも「立ちなさい、ね?ここじゃなんだからともかく立ちなさい、ね?」と所在なく…
男4人で立たせようとするが
「いやらしい!!触るなってばー!!何度言ったらわかるんだよー!!」
そして、彼女のミニワンピをずり降ろしてお尻を隠そうと努力している男の頭を、コーチのハンドバッグでバシバシ叩く。
グニャグニャになったり、突然硬直してコーチ振り回したり、荒れ狂っているのだ。
それを取り押さえつつ男4人がかりでやっとこさ立ち上がらせると、
おねーさんの目の前には水槽が。
そのとき、おねーさんと河豚は、しばらく見つめ合った。
瞬間、彼女の意識がはっきりしたらしい。
「え? …… これ何? 河豚?」
その後またグニャグニャになり
「さわるんじゃねーよ!しみったれ!ばっかやろーがー!!」に戻って連れ去られた。
あの夜の出来事を…… 河豚は知っている。
植木鉢
猫にかじられないよう、暖かくなったら植木鉢は窓の外に出す。隣のラブホの窓が見える。
いつか、この植木鉢を取り込もうとして、下からの視線に気がついた。
窓が全開していて、黒いブラジャーとパンティ姿のおねーさんがこちらを見上げていた。
そのときの植木鉢は花がけっこう咲いていて、彼女はその花を見ていたことに気がついた。
その目が、
あまりに虚ろだったので、
私は取り上げた植木鉢を思わず元にもどし……
それから、そっと窓を閉めた。
歌声
隣のラブホの窓が開いて、お掃除が始まった。
ベッドメイクやら風呂場の掃除やら、日本人でない女の子が2人でやっているらしい。
タガログ語か、カンボジア語か、ベトナム語か不明だけれど、ときどきおしゃべりが聞こえてくる。
そのうち、1人が小さな声で歌を歌いだした。
もう1人も一緒に歌いだす。
故郷の歌……
お掃除の途中のホテルの部屋で、小さな歌声がしばらく響いた。
やがて、
止んだ。
そしてまた2人は、お掃除を始めた。
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「あ、ここは露天風呂があるんです。小さいらしいですけどね」
女が男に説明しながら歩いている。
(あの、私聞き耳立てているわけじゃないですからね~
聞こえてくるのを聞いてるだけよ~)
「こっちは最近冷蔵庫が飲み放題なの」
「へえ~」男がつまらなさそうに返事をする。
「あ、この先に、お風呂が鏡張りのところがあるって。
そこに行ってみます?」
男は俄然乗り気の声で
「うん、じゃあ、そこにしよう!」
あからさま
本日休業なのか、ジャージ姿のおねーさん、コンビニの袋を持ってラブホの前で携帯でお電話。
何やら不満そうな声。
と、突然!
「だってさー!!」 (おーー なんたる大声……)
「だってさー!! セックスはしてないもん!!」
…… このむき出しのあからさま、これぞラブホな人々……