ぬる湯温泉 旅館二階堂

(2010年5月7・8日 1人泊 @10,650円)






ぬる湯温泉 旅館二階堂





大宮では曇り空だったが…


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福島駅でにわかに雨が降ってきた。

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1日に9本のバスの乗客は10人ほど。
次々に降りていって、宿から迎えの車が来てくれる水保という停留所に降りたのは私ともう1人の男性。
共にバンに乗りこむ。
車には学校帰りの女の子が、座席にランドセルを置いて座っていた。
宿のお子さんのようであった。




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小さな市街をはずれると、外は雨に煙り、そして車の窓は蒸気でかすみ、なんとも幻想的な風景の細い山道を車は登っていく。
違う世界へと通ずる架け橋をわたって行くかのように。

うっとりと私は見ていた。

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やがてふいに満開の桜のアーチが現れ…

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舗装された狭い道の、そのずっと奥に、宿が見えた。





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玄関のすぐ前にゆっくりとバックしながら車は止まり、雨に濡れた木々のにおいをかぎながら、
女将さんに2階に案内される。


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湯治用の部屋を2間続きで、前の廊下も2間分で仕切って1部屋として使っている。
椅子に腰をおろすと、広々とした前庭の緑が目に飛び込んでくる。

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寝室用次の間。入り口は襖なので鍵はない。


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小さいテレビ、殺虫剤とカメムシ用ガムテープ、そして電気ポットがあり、
あ~ありがたい、これで持参のコーヒーがいつでも飲める!


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廊下の板張りは、長い年月を経てにぶい色合いに染まっている。
久しぶりに見るそんな色合いを、いとおしく思う。






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お風呂は男女別の内湯1カ所のみ。長い渡り廊下を歩いていく。

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自炊用の台所。調理器具や食器類も揃っていた。


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風呂場のドアのシールが、トイレ用のシールみたいな、いたって飾り気のない造り。

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脱衣所。投入される湯音が響く。



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木造りの源泉の浴槽、その向こうのポリ浴槽は適温のさら湯。

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激しい勢いで落とされる、湯口。

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かけ湯して入る。
31℃というお湯の温度は、私にとってはひんやり気持ちよいが、駄目な人がいるかもしれない。



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激しい勢いでお湯が浴槽内を流れていくので、しかしこの温度をお湯といっていいかは疑問だが、
体の周りは常にお湯が動いている。つまりじっとしていても温まり感がない状態。

お湯はかなり酸っぱく、強い鉄の味。

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曇りガラスで外は見えない。
高い位置の窓が開けられていて風が通っていく。換気扇はない。

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これはですね~

私が最近ぬる湯用に持参するスポンジなんです。

縁に突っ伏し腕枕すると、腕と顔が痛くなってくるんですね~
これがあると1~2時間平気なんですね~

ぬる湯の縁にスポンジ敷いて突っ伏してるおばさんがいたら…
それは、私です!

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風呂の底には沈殿物が堆積している。上はうっすら灰色。
しかし手でそっとすくってみると、鉄分の多い、茶色い砂状のものしか取れない。


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何とかあの白い部分を見てみたい、と、繰り返しつかんでみるのだが…
たぶん軽いパウダー状のものなんだろう。

…すくえなかった。


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これ、ポリバスだというので評判が悪い。情緒がないとか。

私にはしごく明瞭に思えた。
「このポリバス? あ、これ付け足しですから。源泉だけじゃ辛いって方はどうぞ」

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1時間ほど揺れて、ちょっとさら湯に入ったのち、また源泉につかって、もう夕食の時間が迫ったので
名残り惜しいけど、やっと上がった。




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湯上がりの洗面台のガラスの向こうは暮れはじめ、深く霧がたなびいていた。

トロ~ンとして、体はだるく、これは初めてのお湯にしては長すぎるご挨拶であったと…
注意してるんだけどな~
気持ちよかったので、ちょっと見境いなくなってしまったのだ。


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ゆっくりと、あちこち眺めながら、部屋に戻る。
雨は上がり、山の夕暮れが静かに迫っていた。



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6時に部屋の前まで迎えに来てくださった。階下に案内される。

1階の湯治用の部屋が1間、個別に用意されていた。
襖1枚、隣の部屋の人の物音がハッキリ聞こえる。
本日の食事は私とお隣さんのみのようである。

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さて…
この静まり返った6畳間で、食べるという行為の自分自身の感覚と対峙することとなった。


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ここに座ったとき私は、なにかいつもと違う、
なんだろう?  何かお湯の影響か。
体の倦怠感だけでなく、嗅覚が敏感になったような。

「何かお飲みになりますか?」と先ほど聞かれて条件反射で
「日本酒をお燗で1合」とお願いしたのだが、その持ってきてくれた日本酒のにおいに反応した。

なんだかあまり飲みたくない…

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日本酒に口をつけてみて…
これが進まなかった。匂いだけでなく、その味も、アルコールの刺激が体に入ってくる感じも、
ちょっと嫌悪感に近い。

結局、そのまま残しておいた。

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山のつつましい、けれど山菜の味や野菜の味が嬉しい食事。
しかし、肉は見ただけでまったく受けつけず、火を付けることはしなかった。

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それ以外のものは、この深閑とした部屋で、隣の気配を感じながら、
これまた奇妙に鋭敏になった味覚で、春の小さな味わいを楽しむことができた。

菜の花のかすかなほろ苦さが心地よい。

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このあたりの山で採れたのであろう山椒の新芽のひとひらが、口の中で、強烈な緑の命の主張をするのである。

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温泉卵のとろみが、タンパク質のエナジーを告げるのであった。





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部屋に戻って椅子に腰かけ、湯小屋に向かう廊下の灯りを眺めながら、間違いなくあのお湯の影響であるという感覚をいだいた。

そのとき、先ほどから階段を上がり降りするたびに感じる足の痛みのことをふと思い出し、
脛の内側を何となく押してみると

きゃっ!痛い!

これまた何だろう? ぶつけたわけでもないのに。
試しにそこからリンパに沿って上のほう、膝の内側も押してみると…

あっ 痛い!!

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えーっ?!  右足の同じ部分は痛くない。
左だけそうとうな痛みがあり、私は思わず唸ってしまった。

しかし、こういうことが起こりうるお湯だということなれば…

2泊3日という半端な時間では…




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夜半、長く連なる古い宿の建物を山からの激しい風が揺らしていった。
ガタガタと小刻みに鳴るガラス戸、隙間風は寝ている顔の上を通り過ぎ、山全体が低く鳴っているような、吠えているような
ああ、こんな風の音があったんだ、と、眠りに落ちる瞬間、にわかに引き戻される音だった。

掛け布団がとても重くて、それも眠れない原因となった。
前夜寝不足だったのだが、それでも結局寝られなかったようだ。

5時になると階下から元気な猫のなき声が聞こえ、子供たちの笑い声が聞こえ、
やがて大人の声も聞こえ、ああ、こんなふうに1日が始まるのね。

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7時半に、個室ではなく食堂で朝食。とにかくコーヒーを淹れて飲む。




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山の朝ご飯。
うーん…  私の胃はまだ寝てるので、明日は朝食抜きとしよう。






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かつてのポスターがいい状態で保存されている。

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あ、お嬢さん!こういうスタイルで、スキーですか~

そもそも東北に来てスキーをするなんて、最先端のモダンガールだったんだろうな~


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長い長い歴史を持つ宿である。


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辺鄙な山の中に湧くぬるいお湯を求めて、人々は荷物を背負いここまで歩いて来たのだ。

それほどまでの思いが積み重なって今日に至るお湯なのである。


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良く晴れて、穏やかな、というよりかなり強い日差しだった。


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「今年は咲くのがすごく遅れました。いつもなら連休前に散ってしまうんですよ」という桜の並木が、
青空のもと、昨夜の強風にもめげずに誇らしげに咲いていた。

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ソメイヨシノを見慣れている目には、1本ずつ色合いの違うその薄桃色が、ことさら美しく見えた。




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藁ぶき屋根の棟のテラスから、熊のプーさんがこっちを見て笑っている。


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廊下の正面にはかつての通路の名残りの階段があり、そのガラス戸は鍵がかかっている。

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成分表には
「24時間後に黄白色に混濁する」お湯だと書いてある。

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私はまた、灰色の沈殿物を見たくて、むなしい努力をするのであった。

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男女別に仕切られたその仕切りには、アーチ状に見事な付着物がある。

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これはつまり…

お湯だけでなく、ここの空気もまた、温泉の成分が充満しているということ。
空気まで温泉ということが目で分かるのだった。

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ああ、そうか…

お湯をパイプでこんなに激しく落とす必要があるのか、と思ったのだが、これは当然のことなのだ。

湯量を絞ったり、浴槽の中から出したりと、そんな悠長なことをしたらあっという間に管が詰まってしまうだろう。
常に上から思いっきり滝のように流していないと、成分の濃さ沈殿物の多さで、このお湯は制御できないのだ。


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眠いような、しかし横になっても昼寝もできない、爽やかなんだけどちょっと気だるい気分。
お昼に<いも恋>を食べて窓の外を眺める。

浅い緑の中で、山桜が輝いていた。






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本日はね~ 大丈夫みたい。さあ~食べるぞ~ しかし歩くと足の痛みを感じる。

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献立は、基本的には同じもの。


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山菜や煮物が多少違っているが。

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本日の夕方私の隣の部屋に入った若いカップルが、襖を隔てて隣で食事しだした。
男の子が
「この魚、なに?」
彼女の返事は
「ワタシ的にはヤマメだと思いま~す」

(ぶぶーっ!  残念でした! ニジマスで~す。 君たち、あんまり川魚を食してないね~)

ワタを取って甘めの味噌を詰め、蒸し焼きにしてある。

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筍は、たぶん地のものだろう、柔らかでおいしい。
しかし干し大根を戻したものは、ものすごくしょっぱかった。
福島らしく、身欠きニシンも入っている。


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本日はなんなくお燗で1合。


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シシ肉も野菜と食べてみました。
ポン酢に付けるので、食べやすい。しかし特に好きなわけではないので、残す。


夜半、再び強風が吹いた。
重い布団にあえぎながら、風の強弱や、部屋を吹き抜ける気配を、
様々に変わる音を、ずっと聞いていた。

猫の声、話し声が聞こえて、ああ、5時になったのかと思った。

朝食は断っていたので、のんびりコーヒーを飲んで帰り仕度をした。






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二階堂、というのは、この温泉の持ち主の名前だという。
現在管理、運営しているのは、委託された別のご家族であるとのこと。

本日車で送ってもらうのは私だけである。

行きも運転してくれた年配の男性が福島駅まで送ってくれる。
ご家族のおじいちゃんなのか、そうでないのかはわからなかったが、いずれにしても宿と近しい方で
車の中で宿の歴史や、かつての有様などお伺いできて、お話ししながらたいへんいい時間を持てた。

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「湯治の常連さんは、平均して何日くらい滞在されますか?」とお尋ねした。

常連の湯治客の平均滞在日数を聞くと、そのお湯がどんなお湯かが分かるような気がする。


2週間から20日、となれば、長いサイクル、ゆっくり時間をかけて体が回復してくるお湯なんだな、と思えるし、1週間、となると短期間、かなり早く、ことによっては過激に体が変化するお湯なんじゃないだろうか。

常連の湯治客は無駄なことはしない。必要最低限、そして納得いく体になって帰る。


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「5日から… 1週間くらいの方が多いですね。九州や神戸からも、いつも来る人がいますよ」

やっぱり1週間か…

つまり私は、体の変調が始まり、悪いところが出始め、眠れず、気だるくなってくる2日目に…
帰るんですよ… 明らかにある予兆を感じながら…

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しかしこのお湯と巡り合って良かった! いざというときはここがある、というお湯だった。

「来て初めて入って、出てからクラッとして、強いお湯の力を感じました」と言ったら、

「私たちもね、お湯の排水溝が堆積するので、時々さらうんですが、そのときはクラッとしますね。
蒸留物が濃いんでしょうね」

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1週間入り続けたらどうなるか、試してみたい誘惑にかられる。

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快適、とか気持ちいい~とかいうお湯ではない。
けれどそんな実験を自分の体でやってみて、そこから見えてくるものを見てみたい、と
強烈に思った。

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家に帰ってベッドに横になったときには、あまりに楽なのでほーっとした。

これからは寝具で宿を選ぶことになるかしら、と、ちょっと憂鬱。

足の痛みは2日後には消えて、そして2日後には眠れるようになった。





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2匹の猫がいるうちは、1週間の湯治なんてできない。

彼らが先にいってしまったあとに、私は彼らを懐かしく思い出しながら、きっと1週間の湯治に出かけるんだろう。

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そのときは私の体もヨタヨタになっていて、お湯の有難さもひとしおに感じられることだろう。

そんなふうにお湯につかるときは、たくさんの思い出を持っていたいものだ。





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いい思い出をたくさんね。









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