五色温泉 五色の湯旅館

(2008年12月24日・25日 1人泊 @16,425円)



五色の湯旅館

ちょっとでも仕事の間隙をついて、初冬の温泉に行きたい。

「五色の湯旅館ってどうでしょね? 私あの露天に入ってみたい」と
ミセス温泉はおっしゃる。

「そうね、私もちょっと気になってはいるの」

「でもトイレなしの部屋にしては、なんだか高いわね」

「そうなのよね~ 何なのでしょうね?」

そんな会話をした。

彼女は仕事仲間で、私よりもたくさんの温泉に行っていて、
私と同じように思い立つと1人でさっさと行ってしまうたちなのである。

たぶん同年代ということと、2人とも東京の下町生まれだから同じような感性になるのかもしれない。
私たちの好む宿のタイプは似ているし、食事や環境に対しても同じような感想を持つことが多い。


五色の湯旅館

彼女は熱いお湯に短時間入るのが好きで、お風呂上がりのビールに目がないようであるが、
私はぬるいお湯に長い時間入って風呂上がりにビールは飲まないのが違いかな~

私たちは「連れてって~」の人と行く以外は、1人でとっとと行くので、
2人で計画を練ってなどというめんどうくさいことはしないから、一緒に行くということはまずないだろうけれど、メールでの情報交換は頻繁に行っているのだ。

五色の湯旅館

北斎の肉筆画が見たくなり、小布施の北斎館に行くために今回の温泉はついで。
1人泊ができる近くの手ごろな宿がないかと思ってさ~
他に適当なところがなかったし。
ミセス温泉も行きたいと行ってたしな、行ってみるか、ってなかんじかな。

須坂駅から山田温泉行きのバスに乗り、終点から温泉組合の300円のバスに乗る。
乗客は私1人。

「どこで降りるの?」と聞かれ「五色の湯旅館に」

ちょっとうっすら雪が積もって、景色はすごくいい雰囲気。

「あ~ あの旅館ね、観光会社もやってんだよ、ほら、そこに観光バスがたくさん止めてあるだろ?」

旅館の脇の駐車場にバス5~6台が、雪をかぶっていた。 

五色の湯旅館

フロントで記帳してフロントのすぐそばの1階の部屋に。
廊下のリノリュームはかなりハゲハゲ。

宿の人が“会長”と呼んでいるおじいさんに部屋まで案内される。

五色の湯旅館

ドアを開けて踏み込み部。

あらまー …  なんて不粋な…襖。


五色の湯旅館

あちゃ~  なんて不粋な襖だらけ。

「いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねなら いろはにほへと いろはに」

ここで旅人はくつろげるか。

襖紙の柄、山のようにあるなかで、よりによって「いろはにほへと」?
これを目の前にしてご飯食べて寝るわけ?

洗面・トイレなしのお部屋。

五色の湯旅館

幸田露伴の娘の幸田文さんは、生涯、不粋<ぶすい>を<ぶいき>と言った。

分かる気がする。

五色の湯旅館

不粋なのは襖だけだといいなぁ と思ったが、
襖が不粋であるということは、一事が万事希望が持てないということかもね…

五色の湯旅館

廊下、階段は、サイン色紙やら注意書きやらで埋まっている。


五色の湯旅館




五色の湯旅館


五色の湯旅館


五色の湯旅館

混浴の露天。いいわいいわ~って足突っ込んだら

「ギャッ!!」

異常に熱くて足真っ赤! え? どーして?どーして?

裸で風呂の周りウロウロしてどこかぬるい所はないか、手を突っ込み足を突っ込みしてみるが……

熱くて入れん!!!





五色の湯旅館

隣にある女湯の露天(こっちは眺めがイマイチ)に入って、出たら宿に言わなきゃ。

五色の湯旅館

と思っていたら、男の人が降りてきて
「温度計らせてください」と言うので
「混浴のほうは、熱すぎて入れません」と言ったら
「今日トラブルがあって、いま直しました。夜には入れると思います」とのことだった。

五色の湯旅館

風呂はすごく良かった。雪の積もり加減も、1人ということも。

しかし無暗に歩きまわったのと、強酸性のお湯の強さ、そして
露天の上の小屋で部屋着をあわてて着て、寒いので急いで長い長い廊下を歩き、
階段を上がり、廊下、また階段、廊下、と、

部屋に帰ったときには湯あたり&貧血気味となっていた。

五色の湯旅館

部屋でティッシュを探したら、ボックスが見当たらない。

いくら探してもない。ふと卓の上のお茶が入っているポット(お湯のポットはない)の脇を見たら
歯ブラシと、そしてポケットティッシュが置いてあった。

あ、不粋の極み。


五色の湯旅館

「5色に色が変わる不思議なお湯」だそうですけど、ここで5色だったら
別府の神和苑のお湯なんか10色だね。

どこでもフレッシュなお湯は透明だけど、時間がたつとどんどん濁って色が変わっていくもの。

五色の湯旅館

食事は山のふつーの食事。
「沢ガニの宿」なんですって。
私の中では沢ガニは飾りね。

今ではこの辺でとれなくなったので、わざわざほかで調達しているそうです。




五色の湯旅館

いろはにほへとの前での食事は、ちょっとね~




五色の湯旅館

ふつーの味でも、ランクが下がる。

五色の湯旅館

肉饅頭みたいなおやき。中は野菜。

五色の湯旅館

よく言えば丸丸とした、悪く言えばブクブクした岩魚が出てきた。
想像どおりの味だった。

大湯の「駒の湯山荘」で食べた岩魚の後では、
どんな環境でどんな餌を食べた岩魚か、すぐに分かるようになった。

五色の湯旅館

日本酒頼もうとしてメニューを見たら
「日本酒 7尺 600円」と書いてある。
7尺? 1合の70パーセント? お燗で70パーセント、頼む。


五色の湯旅館

これはちょっとおいしかった。

五色の湯旅館

シシ肉は少々くさい。

五色の湯旅館

日本酒70パーセントは、なんだかあっという間になくなった。

五色の湯旅館

ごちそうさま。

いろはにほへとちりぬる…

五色の湯旅館

いろはにほへと~~~~~ とほほ~~~



五色の湯旅館

館主の自作の俳句が書かれた皿なんかに盛られていると
ふつーの味でもランクが下がる。

五色の湯旅館

今朝はちょうどいい温度になっていた。
混浴露天。

五色の湯旅館

だれもいないので、白い膜が湯面に。

五色の湯旅館


五色の湯旅館

日差しが出てきて、とても気持ちよかった。

冬の露天の醍醐味。クリスマスなのに、だれもおらん~!

長時間入るとまた湯あたりの可能性あり、で、残念だけど切り上げる。

五色の湯旅館



五色の湯旅館

脱衣小屋でゆっくり休んで体は冷えてしまった。ソロリソロリと部屋に向かって歩き出す。

五色の湯旅館


五色の湯旅館


五色の湯旅館

フロント。



五色の湯旅館

宿。

天気がいいので散歩。


五色の湯旅館

ここが源泉らしい。

五色の湯旅館

セルフポートレート。

コートを着ていると汗ばむくらいの陽気となる。
日焼けしそう。澄んだ空気が胸に入ってくるのが分かって嬉しくなる。


五色の湯旅館

雪が溶けてキラキラ光る木々。

道の端に公園のようなスペースがあって石碑が立っている。
何だろう?

見れば、館主&館主の亡き妻の俳句が彫られているのが5~6本。

……戻る。

五色の湯旅館

お湯ぐらい出ればいいのに。
温泉豊富で高温なんだから。あ、トイレは水洗。

五色の湯旅館

日差しがきもちいい~

襖は見ないようにする。


五色の湯旅館

アイスクリーム300円也と部屋に書いた紙があったので、フロントに買いにいく。
“会長”が出てきて「部屋にお持ちします」  ? 

板さんらしき人が持ってきてくれた。あとで明細見たら、

これ、300円プラス奉仕料30円、プラス消費税で、346円よ。

このようにジミジミと稼いだ分で、床の禿げたとこを接着剤で留めるとかさ、部屋にティッシュボックス置くとかさ~ すればいいのにね。

五色の湯旅館

まあ、よろしい。

不粋の極みの宿から、明日は粋の極みの人生を送った天才の絵を観に行くのだ。




五色の湯旅館


五色の湯旅館

昨日頼んだ日本酒70パーセント、あっという間になくなったので本日2合1800円ってのを頼む(これ… 割高よ。7尺600円3本頼むと2合1尺で1800円だから)。

正確に記すと、1800円プラス奉仕料180円プラス消費税で2079円ね。

五色の湯旅館

なんだかこの宿はとても酒がすすむみたいで、2合とおぼしき酒も1合分くらいのスピードでなくなってしまった。

五色の湯旅館


五色の湯旅館

粋 とは、その底辺に、権力に組みしない精神、権力を絶対志向しない反骨のエナジーを秘めているものだと思う。
私は結構そこにこだわるの。

食いぶちを稼がせていただくときには、くるりと後ろをむいた自分の背中に感じたい。
稼がせてくださるその相手がすっきりと笑ってくれる気配を。と思う心。

ではないかな?

五色の湯旅館

北斎は晩年、肉筆画に魂を傾けた。

その絵が小布施の「北斎美術館」にたくさんある。

娘の阿栄もおとつっあんに負けず劣らずの天才絵師で、
ひとつ家に天才2人。

馬琴にいわせると「食べた鮓の竹皮やら買ってきた総菜の包みやそのほかのゴミに埋もれて絵を描いている」
父と娘。絵を描くこと以外考えなかった親子。


葛飾北斎。江戸の人。

五色の湯旅館

90歳で作法にのっとり<月並み>、しかし江戸の人、まぎれもなく北斎を感じさせる粋の極みの辞世の句

「人魂で いく気散じや 夏野原」

「ああ、あと5年生きられたら(絵は)神業となったろうに、もっと生きたい! 」
と言いながらの大往生。

いーえ、いーえ、その時点で十分神業の絵です!

五色の湯旅館

北斎工房の絵師は、みんな絵がうまい。とりわけ、
北斎に「あいつの描く美人画は、オレよりうまい」と言わしめた娘の阿栄さんの消息は、おとっあんの死後、ヨウとして不明。

北斎の墓は、私の生家からあまり離れていない浅草・誓教寺に今もあり、葬式のときの阿栄さんの嘆きはたいへん大きかったそうである。
父であり、師であり、ライバルであり、戦友だったのではないかと思う。



一説によれば、嫁いだ男があまりに下手な絵を描くので出戻った、とのことである。

まあ、天才は何を言ってもいいのよ。許されるの。それが天才。

北斎は彼女を呼ぶとき「おーい!おーい!」もしくは「おーい!あご!」(美人じゃなかったようだ…)
彼女はそれを受けて、自分の絵のしるしは<應為>としたのである。

洒脱な親子だよね~

私は彼女の本物の絵を見たくて仕方ないのだが、所蔵している美術館ではめったに展示してくれないのだ。

五色の湯旅館

父の死後、行方不明となった彼女は、どこでなにを、いやきっと絵を描き続けたに違いなく、
いつかある日、彼女のその後の作品がどこか田舎の蔵から大量に出てくる……
なんてことがあったら…

あってほしいものだと…

私は思いを馳せるのであった。



だって北斎と同じく彼女もまた、絵を描くこと、それのみで、生きていた人なのだから。





帰ってきて、ミセス温泉にメール。

「日帰りにしときなさい。もっとも混浴露天だからね…
どうしても入りたければ、ティッシュボックス持参で、酒ちょっと飲んで1泊18,000円覚悟でね~」






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