(2012年4月15・16日 2人泊 湯治食連泊プラン @5,950円 )
渡島半島の右側、亀田半島、
恵山の北にある国民宿舎である。
源泉が2本あり、なかなかいいらしい。
お湯目当てで行こうと思った。
恵山国道を北上して海岸線を走るのだろうか。
私とまちこは海が見えるように、函館駅に迎えに来てくれた送迎バスの右側に座った。
送迎バスは湯の川のマンション前に止まり、ここの住人が乗り込むまで入り口で待機。
なんと函館市民は市内の自宅まで送迎してくれるらしい。
もうそろそろ海かな、と思いスマホのgoogle mapのGPSで確認すると・・・
なんとバスは海岸線からかなり奥まった道なき道をぶっ飛ばしていてびっくり!
どうやら最近できたバイパスを走っているようだった。
函館駅から1時間で到着。
あちらが日帰りの入浴施設。
北海道の国民宿舎はどこもしばらく前にリニューアルされたらしく、
この宿もそんな雰囲気が漂う。
今までに3カ所泊まったが、いずれもステレオタイプな造りで、
場所は違うのに内部の構造さえも同じような印象を受ける。
部屋も広々でこぎれいである、大きなテレビと冷蔵庫付き。
おもむき皆無だがいわゆる<清潔で掃除が行き届き>というのが好きな人はいいかも。
<洗面台、お湯も水もちゃんと出なくちゃ宿じゃない>という人にはますますいいかも。
<今時湯治宿だってウォシュレットよ>という人にとっては、こういうところは最高であろう。
窓の外に広がる景色も、目の下はどーんと広い駐車場、場所によってその向こうに海が見えたり山が見えたりするが、
その違いだけであとはほぼ同じ。
宿泊棟には重曹泉のお湯だけだが、日帰り施設には重曹泉と硫黄泉の2種類のお風呂があり、
清掃の時間帯が違うので入り分けをすることになる。
日帰り施設も早朝は宿泊客だけなのでゆっくり入れて、その辺はうまく分けている。
健康器具類充実。地元民の健康管理には力をいれてるんだそうな。
脱衣所のロッカーに鍵が付いているのと鍵がかけてあるのとがあって、
朝入ったときにまちこと私の2人だけなのに、なぜ鍵がかかっている?と思ったが、
午後入った時に地元のおばさんたちがやってきてまず鍵で開け、
? まず開け?
そして帰るときに鍵をかけてその鍵を持って帰るのを目撃した。
つまりロッカーの半分以上は、マイロッカー化しているのであった。
お湯は熱めで、透明な重曹泉は入った瞬間肌に刺激を感じた。
無色透明なのであまり成分の濃さを視覚で捉えられないが、濃いお湯である。
湯量はたいへん豊富で、湯船の側面からどんどんと流れ去っていく。
高温・豊富な湯量ゆえか、国民宿舎では珍しく、ここでは塩素は使われていない。
ジャバジャバうるさいジャグジーが一番ぬるかった。
なんか痛みに効きそうなお湯である。
そういえば私は膝が痛かったんだった。
治るといいな~
雨は降らなかったが、2日間ともいつも山の上のほうに霧がたなびいているような感じであった。
海まで車で10分ほどなのに、けっこう山深いところである。
湯上がりの駒ヶ岳牛乳。
生クリームがたっぷりで、濃厚なのにあっさり。気持ちよくゴクゴク飲んでしまった。
そのゴクゴク感がちょっと嬉しい。
湯煙りは温かく、お湯はどこも熱めで、とりわけ高温の硫黄泉はたいそう熱く、
それなのになぜか温かな印象を受けない。
不思議な感じであった。
日差しがないせいだろうか。いつも山にかかっている霧のせいだろうか。
日帰り客が大勢いても、異次元にいるような、
物音も人声も子供の笑い声も、遠くの、ベールの向こう側の情景のように感じる。
硫黄泉はむしろまろやかで、硫黄のほのかな香り。
pHは中性に近い肌当たり、熱さを我慢してじっと入っていてもそれなりに心地よく耐えられる。
何とかトンネル開通記念なんだそうな。先月開通したらしい。
そういえばバイパスの最後の部分はトンネルだった。
マネジャーらしき宿のスタッフと話しをしたら、
「トンネル開通で函館から1時間で来られるようになって、本日は日曜ということもあり600人の日帰り入浴客が来てくれました」
600人?!
夕食は食事処で。
時間帯をずらしてなんとかやり繰りの、座席もいっぱいの繁盛ぶりらしい。
私たちは遅い時間を選んだので大部分の人が去ったあと。
湯治食だから一汁三菜か。
これで十分です。
そしたらあとから来るわ来るわ! えーっ こんな湯治食ってちょっとヘン!
鍋もたっぷりあり、マネジャーによると
「ご飯は残す人が多いので2割減で炊いてます」とのことであったが。
「こちら、トンネル開通記念のモニター食で、サービスです」
「えっ! あ・・・ありがとうございます」
(正直、なくてもいいんですけど)
うわ~ なんかふつーのものがいっぱい。
まちこ、ビールジョッキ2杯飲むも、トンネル開通サービスで半額。
朝食はバイキング。
おばさんが立っていて
「イカ、たくさん食べてください。あ、ごはんよそいますよ、お粥もあります。お味噌汁とツクネの入ったお吸い物とあります」
と、色々親切。
朝から刺身は食べないので・・・ イカの塩辛と出汁巻き卵がおいしい。
私は寝つきが悪い上に旅行の最中はますます寝られなくなる。
昨夜まちこがとっとと寝てしまったあと、宿泊棟のお湯に1人でつかり、部屋に戻る途中自販機でビールを買い、
部屋でビールを開けて何とか眠くならないかな~ と、消音にしてテレビをつけた。
ビールを飲みながら音のしないテレビのチャンネルをあちこち変えていたら、ある風景が映った。
深夜によくある風景を映す番組だろうか、などと思いながらそのまま見ていた。
そのとき、映像に文字が映った。
俳句だった。
音のしないテレビで文字を読むのは奇妙なものだが、
その俳句の文字を目で追った私は、衝撃を覚え愕然とした。
私はここ何年も仕事以外で文章を、とりわけ小説を読むことをしていない。
読みたくない。
読む気がない。
楽しみにしていて出ると必ず買って読んでいた、イギリスの寡作のミステリー作家のものさえも、
買ってはみたものの放り出してある。
触れると形を留めずぬるっと手から逃げていくような、
ブクブクと肥大していて、そして空虚な、
あるいは消耗品のようにチープな、
垂れ流してはまた似たようなもので補充する、
そんな言葉の大量生産にうんざりしている。
そうでないものも確かにあることは分かっていても、どうしてもそちらに顔が向かなかった。
もっとも私もまた垂れ流している1人であるから、生意気なことは言えないのだけれど。
その俳句を目で追ってギョッとしたのは、そこに私が久しく忘れていた言葉の持つ強靭さと迫力があったからである。
そしてその句には、強烈な痛みを伴っていた。
ある名前が脳裏をよぎり、やがて工事中の東京拘置所が映ったときに間違いないと思った。
大道寺将司・・・
三菱重工ビル爆破の犯人として死刑判決を受け収監されている。
私は政治とは無関係であったけれど、同世代の1人として色々な意味でなんとも重い事件であった。
そういえばしばらく前に、彼は句集を出版したと聞いた。
消音でイライラした私はテレビの音を出した、ただしまちこに気兼ねしてごく小さな音量で。
大道寺将司が釧路の生まれであること、アイヌの同級生が受ける差別を目の当たりにしていた高校時代、やがて東アジア反日武装戦線へとつながっていった過程がなんとなく分かった。
そして辺見庸が彼の全句集を出版すべく動いていることを知ったのだった。
聞き取りにくいテレビはイライラするもので、いっそ音量を上げようかとも思ったが、
・・・ 消した。
若さ、差別に敏感な純粋で多感な感性。
今と違って危機管理意識のない三菱重工と、無視された彼らの2回の警告。
7人の死者。多数のけが人。
丸ノ内。
私もあの場に居合わせて、爆破の惨状に巻き込まれた可能性がなかったとはいえないのである。
ふと、あの事件の決行には多数決の論理が働いたのであろうか?と思った。
群れ。
しかし運動とは1人では成り立たない。
2日寝なくても何とかなるが、さすがに3日目はちょっと昼間っから眠気がさしたりする。
昼間っから布団に入ってゴロゴロできるのは、温泉旅行の醍醐味で
私は温まった布団に横になり、思いついてスマホでAmazonを見てみた。
ここは山の中の一軒宿だけれど、アンテナはバッチリ、3Gも確立している。
大道寺将司の著書を検索して何冊か出てきた。
その最新刊のタイトルは 『棺一基』であった。
この、漢字3文字の持つ強烈なシニフィアン、シニフィエともどもにかっさらわれ飲み込まれるようにして、
私は半ば気絶するように眠りについたらしい。
「お風呂入ってきたよ~」というまちこの明るい声で目が覚め、
まずしたことは、
手から転がり落ちてどこかにいってしまったスマホを探すことだった。
2日目に重曹泉に入っていた時、あら、膝痛くない!と思った。
浜のおっかさんたちがマイロッカーをキープして通うお湯である。
脱衣所でおばさんが子連れの若いお母さんに
「あんた、どこに住んでる?」みたいなことを聞き
若いお母さんは
「××の○○」と答えると
「あー 角から2軒目の家か?」
「そう」
「ねえちゃんがこの下に住んでて子供2人いるうちか?」
「うん、そう」
「ねえちゃんとこの下の子、今度幼稚園だろ?」
この分だとお姉ちゃんの家のローンの金額も、昨日の夕食のおかずも知っていそうな勢いで驚く。
おばさんたちは道南の、ちょっと荒いなまりがある。
この北海道の集落内の緊密な親しさの背後には、何があるのだろう。
「底抜けにお人よしに親しい」だけ、ではないはずだ。
まちこはまたもビールジョッキ2杯で、これも再びトンネル開通サービス半額。
道南は梅がよく出てくる。ふっくらとした煮梅はほどよい酸味と甘さで、おいしかった。
朝食はどうしようか迷ったが、食べることにした。
昨日と同じ。
昨日と違うおばさんが
「イカたくさん食べてください、ホッケの昆布〆もおいしいですよ。なくなったら持ってきますよ」
「ありがとうございます」と言いつつ、刺身パス。
塩辛が昨日とちょっと違っていた。
帰り際フロントで会計を済ませ、金額を見てまちこは「安い安い」と喜ぶ。
特にビール半額には。
これが開通記念で盛り上がるトンネルである。けっこう長い。
二度と故郷の地を踏むことのできない人間がいる。
私はその北海道の南の半島を旅館の送迎バスに乗り、移りゆく窓外の風景を眺めている。
来た時に比べるとダムの氷がかなりとけて、白鳥たちがたくさんいた。
送迎バスの運転手さんがバスを止めて
「ここにこんなに白鳥がいるなんて珍しいですよ、初めて見ましたよ」
私たちは窓から、しばらくその姿を見ていた。
明るいグレーの氷の縁で、北に帰る白鳥たちは小さな白い花びらのようだった。
突然自分の頭上から、凶器となったガラス片が雨のように降り注ぎ肌を切り裂いていく姿を想像して鳥肌立ちながら、そして一瞬テレビに映った句の
「慙愧」 という文字を思い浮かべながら、私は多分いつかあの句集を買うだろう。
そして読むだろう。つらさをおして。
私はそれを読む責任があるような気がする。
見え隠れする霧と共に時間が流れ、合間に衝撃があり、
最初から最後まで淡いモノトーンに染まっていた、そんな旅だった。
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