(2009年5月16・17日 1人泊 @12,500円)
4月も終わりになると、ソワソワする。
冬の間休業していた宿が、あちこちでいっせいに開業するのだ。
たいへん、たいへん!早く行かなくちゃ~
山形の南、福島に近いあたりの山の温泉は、どこも行ってみたい宿ばかりである。
今回滝見屋さんに決めたのは、急峻な坂を自分の足で歩いて下りていくしかない宿だからである。
当然帰りはその急峻な坂を、歩いて上らねばならない。
体が言うことをきくうちに行っておいたほうがいいわ…(最後かもしれないもの)。
連休明けのこの時季は、あのあたりはきっと美しい新緑だろう。
それを思うと、ワクワクする。
電話すると女将さんが
「17日の日曜は川側のお部屋をご用意できるんですが…
16日の土曜は山側になってしまうんですが、それでもよろしいですか?」
贅沢は言わない。泊まれればいい。
あり~?
右膝が… 痛いわ~。出かける2日前であった。
なんでこんなときに!!
よりにもよって。歩いてしか行けない宿なのに!!
腹立つが仕方ない。
最近、出かける直前に腰や肩や、あちこち痛くなるの。
しかし何か確信がある。温泉に入れば治る、という。
2時に米沢駅に迎えの車が。私以外に2人乗りこんでまず市外の滝見屋本店。
ここで7~8人どやどやと乗り込み、再び山に向かってひた走る。
舗装、砂利道を繰り返し、山を登り始めるとそこは細い1本道、脇は崖、ヘヤピンカーブどころかヘヤピンをぐにゃぐにゃにしてからカーブさせたような、なんとも恐ろしい道を巧みな運転で走ることしばし。はるか下に、米沢の街が木々の合間から見える。
車が止まると
「荷物はそのまま置いてってください、ロープで宿までつり降ろしますから。
気をつけて下りてくださいね。滑らないように」
子供や若い父親は軽快にタッタと坂を下っていく。
年寄りはためらいながら。一歩ずつ。
立ち止まることができないような坂である。
私の膝にちょっとこたえそう… しかし行くっきゃない。
もちろん歩き始めたら、景色を見ているゆとりなどありませ~ん。
木々の緑がきれいだろうな、と思っても立ち止まるわけにもいかず。
ひたすら足元に意識を集中させていないと、ころげそうである。
年々道が良くなって、去年まで砂利だったのが今年はコンクリートを打ってかなり歩きやすくなったんだそうな。
いまにも崩れ落ちそうな岩肌……
ゆらゆらと揺れる吊橋を渡って、宿に到着。
やれやれ~ 到着!!
嬉しいことに、女将さんが
「2日とも、川側のお部屋にしておきました」と。
いや~ ちょっと感無量。
あの下りで苦労しただけある。しかし帰りの上りが待っていることは考えないようにしようっと。
“最上川源流の碑” が立っている。
川の音が激しく、残雪がまだ山肌にあり、空気は限りなくおいしく、煙草も一段とおいしく、木々の緑爽やかに、テレビはあるがどのチャンネルも映らず、携帯は通じず、お茶を淹れると水のおいしさが分かり、そしていま私はここにいる。
ありがとう。どうもありがとう。
これが最上川の源流か~
遠く細く火焔の滝がひと束の白い糸のように落ちている。
この水が酒田まで流れていくのか~
感動的であった。そうか、この水がやがて大河となるのか、と。
本日人が多いのに、まだだれもおらず静かな内湯。
ひっそりと落ち着く。
硫黄が石を黒く染めている。
白い湯の花がたくさん舞う、透明の気持ちよいお湯。
温度も適温で、ほんのかすかな硫黄臭。
たぶんアルカリ泉であろうが大変強さがある。
入っているとすぐに汗が出てきて、これは早々にあがらねば。
換気扇は回っていたが音はあまり気にならず、お湯が静かに落ちるとてもいいお風呂である。
2階の私の部屋から見下ろした露天。
左から男湯、女湯、貸し切り、写っていないが右の奥に混浴の打たせ湯露天。
これは2泊目の朝、私以外誰もいないときの写真である。
この宿は風呂の目隠しに配慮しているが、完璧ではない。
この風景、景観を重視すれば当然であろう。
透明波型トタンは透過性がよく人の気配はわかるし、場所によっては覆っていない部分があって上から見える。
風呂から見えるところは当然そっちからだって見えるわけで、
つまり気持ちよさにボーッとしてところかまわず足なんか開いてあとで覗かれた~!などと騒ぐ輩はいないでしょ、という暗黙の了解のもと、ゆえに当然自己管理して入るべきの、豪快な風景のただなかの露天なのだ。
私が窓から川を見下ろすと、見たくなくても貸し切り風呂が見える。
なんじゃありゃーーー!!
目の下、貸し切り風呂のはじに、若い女の子が、昔私の祖母が<あっぱっぱー>と称し、世間的には<ムームー>といわれた、たぶんハワイアンな感じからそういわれたのだろうが、そんな感じの真っ青な袖なし貫頭衣の如き代物を着込んで風呂につかっている?!ではないか……
彼氏と入っているらしい……
思わず怒鳴るところであった。
30分の貸し切り風呂、いちゃつこうが何しようが自由とはいえ……
豊かな自然に囲まれたこの爽やかな風呂を穢すな。
天の恵みである温泉を穢すな。
この美しいお湯を穢すな。
他人に裸を見られたくなかったなら1人で裸で入れー!!
そのための貸し切り風呂ではないかー!!
おまけに1時間後に、わたしゃその貸し切りに入るんだー!!
プンプン!!
1時間後にプンプンしながら貸し切りに。
なに?! かけ湯するための桶もなし?!
ますますプンプンプ~ンッ !!
あら、いいわね~~
すごくいいわね~~
しかしここで「すごくいい」などというのは単なる序章にすぎないということを……
私はまだ気づいていない。
2日目の早朝、洗面所から滝を眺めやって驚いた。
昨日は細い糸のようだった滝が、まるで様変わりしている。
昨夜からこぬか雨、ここでは傘もいらないくらいのしっとりした雨なのだが……
そしてこのときから最上川がどういう川であるかを、まざまざと知ることになる。
混浴の打たせ湯。
1日目の夜、そして2日目の朝食後に1人で。
すごい光景と音である。幸運であった。
雨が降らなかったら体験できなかったのだ。
昔ピンク・フロイドの日本公演のとき、屹立する巨大なスピーカーからの大音響のただなかで居眠りしたことがあったが、水量が増し、あたかも白竜が身をくねらせながら山越えするかのような滝と支流を集めて爆走する流れの前で、眠っているのか目が覚めているのか定かではなくなっていくのである……
目をつぶっている?あら、目はあいている。
いや、目はあけていると思ったらつぶっていた……
温泉に入っているのよね…… いや本当はこの滝の、この轟音の水の揺籃の中に。
それは違う…… やっぱりお湯の中に……
想念と現実の入れ子が果てしなく続く。
このお湯につかる私はミラージュ……
違う、流れの中の私がミラージュ……
水の流れの中のミラージュを見ている私を見る私が現実……
まるで鏡の中の鏡を、
そのまた鏡を、その中の私を見る私を、
その鏡を、見る私を。
気の遠くなるようなはるか涯を…
涯を……
この光景は、生との別れを告げる瞬間、走馬灯のように私の脳裏をよぎるものなのだろう。
それとも私はもしや生に別れを告げるその瞬間にいまあるのであればこの風景は見ているのではなく幻想にすぎず本当はこの激しい流れの中にいてあるいはそこから湯船につかる私を見ているとしたら私はこの最上川の激しい流れに漂いながら……何処へ
何処へ…… ?
どれほどの時間だっただろう。
一瞬でありそして久遠……
宇宙空間の真空のような時間を切り裂くように、
鳥が1羽、ピーッと痛いほど鋭く鳴いて目の前をよぎっていった。
我にかえれば温かなお湯の中……
しばらくして人が来た気配。
男性が1人で。ちらっとこっちを見てUターン。
ふっふっふ~ 常識的にはそうだよね~
ブイ!!
お食事は特に期待していない。
何食べてもおいしいように、すっごくおなかがすくように調整しているので何でもいいのだ。
しかし白布温泉に行ったときは、あまりに味がしょっぱく濃いので泣けたのだ。
あんなに塩辛くないといいなあ~。
などと思いつつ、6時に食事処に。
1日目は岩魚の塩焼き、薄味で助かった牛鍋、玉こんにゃくなど。
お燗で1合日本酒をいただく。
できる範囲で一生懸命やってます、という味で、私は十分おいしく頂いた。
2日目は岩魚は刺身で出てきて、これはたいへんおいしかった。
鍋はウナギの蒲焼と野菜を卵でとじるもの。
そのほかは、どうしたらいいか分からないのでロールキャベツを揚げてケチャップかけてみました、というようなものが出てきた。
鍋以外はやはり味は濃い。
いずれも熱いすまし汁を運んでくれた。デザートのフルーツもちゃんと付く。
朝食も定番の鮭・海苔・納豆・サラダ・豆腐など。2日目は鮭が蒲鉾に。
7時半に食事処で。
水位が増し、荒らぶる最上川。
碑の台座を激しく水が洗うまでになっていた。
女湯露天も、とても良い。
雪解けで水位が上がり、水没することもあるという。
水没、水没~!
「私、水没しかけた露天に入ったのよ!」と自慢したいがために、
時々見にいったのであった。
しかし、残念ながら水没はしなかった。
24時間入れるので、夜もどっぷりまったりとひたって、すごく嬉しかった~
おまけにいつも1人。
帰りの朝は、谷合いを激しい突風が吹き荒れた。
木々は思い思いにユサユサと揺れ、宿の建物も揺れる。
この風で荷物をロープで上げられないので
「荷物、重たいですか? 持って行けます?」と女将さんに朝食後に聞かれ、
重たいとも言えず「大丈夫です」と答えたものの、
まあキッズ用リュック10リットルなので重くはないのだが、
温泉に来ると特に興奮してか眠りが浅くなる私は、
早朝に起き、かついつもは食べない朝食も摂り、
そうとう血圧低めで貧血気味という自覚があって内心「うう~ん……」
「リュック背負ってあの坂か」と思うとかなり不安。
「あ、そっか! 救心 だわ!」
部屋に駆け戻って 救心 3~4粒口に放り込む(最近は 救心 持参なの…)。
ハイカーブーツの紐をキュッと締めて「お世話になりました」
宿の方はみんな気持ちの良い方たちだった。
雨もあがって、ひんやりしている道を登りだす。
登りだすと、すぐさま心臓にくるのが分かり
「救心 早く効いてこ~い」
黙々と脇目もふらず登ること20分、息があがる。
私より前に宿を出た2人の女性の後ろ姿が見えてきて、やがて追いつく。
山歩きが好きなのだろう、2人とも軽い登山スタイル。
私と同年代、やや上かな?
この宿に相応しいいでたち。
滝見屋には、もう何度も来ているそうだ。
「秋の紅葉は見事でね、すごいですよ。ちょっとほかで見られないです」
「そうですか~ 宿でも紅葉の時季の予約はもう埋まってるって言ってましたね」
「何歳まで… この坂登れるでしょうね…」
「ほんとにね。でもこの坂があるから、いいんですよね」
そうこうしているうちに、やっと米沢駅送迎のマイクロバスが止まっている場所に着いた…
救心で無事乗り切った~ ちょっとどうなるかと思ったが。ぜひまた来たいものだ~!
米沢市の周辺を2時間ほど歩き、駅のそばの弁当屋で気まぐれに牛串弁当を購入。
しばらく待たされ、熱々の作りたてを手渡してくれた。
「つばさ」車中で食べる。
おいしいがやはりとても濃い味つけで、しみじみこれがこの濃さが山形の味なんだ、と思う。
いまだかつてない経験をさせてもらったお風呂だった。
今回も、本当にいい旅であった。
そして…… 膝も治っているのですよ~
powered by Quick Homepage Maker 4.15
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM