(2010年10月23・24日 2人泊 素泊まり@4,500円)
「ねえ、幌加の<鹿の谷>に行かない?」 ってミセス温泉に言ったんだけど
「もしかしたらもっと行きたいところある?」って聞いてみた。
「ううん、北海道の温泉、行きたいとこだらけだからどこでもいいの。文句言わないからお任せする」って言われて
「でもそんなこと言ったら寝られなくなっちゃうかしらね」
(ご自分の経験から、よく分かっていらっしゃるわ~)
そうなの、寝られなくなっちゃいました。どこがいいかあれこれ考えすぎて…
ウンウン考えた挙句、なんだ、そもそも<鹿の谷>に行こうとしてたんだ!と
初心に帰って。
JALに乗って十勝帯広空港に。
「アテンダントのおねーさん、やけに地味じゃない?」
ここのところANAばっかり乗っていたので、制服からスカーフから化粧から、なんだかすっごくじっみーに見えた。
ミセス温泉、改めておねーさんたちを見やって
「そうね、地味ね。スカーフしてないからかしらね?」
いや、スカーフはしてるのよ、えらくじみーな茶色のを、みんな。
だけど…たそがれ感があるのね~ 落ち着いてるってのとはちょっと違うのね~
会社の傾き具合をみんなで体現しているような感があるんです。
中にはしばらく前に美容室に行きたかったような印象のおねーさんも…
彼女たちは上の荷物ケースを触りながらロックを確かめつつ歩いて回り、やがて飛行機は離陸。
と、そのとき私のナナメ前方の荷物ケースのカバーがふわああ~っと開いて…
やがて上昇とともに全開に。
幸い中には小さなバッグが1個だけ。
バッグが落ちることもなく、そのパッカリと開いたカバーをあとでさりげなく閉めてましたが、
お…おねーさん、さっき触ってたのはなんだったのでしょうか?
そういうのを目撃すると、飛行機ってかなり不安になるものですね。
旭川と帯広を都市間バスが1日1往復する。
車以外、幌加温泉に行くにはその交通手段しかない。
<鹿の谷>は素泊まりの宿なので、2日分の食糧は帯広駅そばのスーパー長崎屋で調達。
「お食事が良くなきゃいや」とかいう人は連れていけない。
かつ混浴なので「混浴はいや」という人も連れていけない。
ミセス温泉は素泊まりも混浴も初体験だけど、彼女ならたぶんあの宿のお湯と風景と雰囲気は絶対OK!なので決めたんです。
バスを降りると、秋の日差しはもはや低く、かなたの山の端に落ちようとしていた。
でもまだまだ明るく、背中にバッグ手には缶の発泡酒6本と食糧を下げたミセスと、缶のサッポロクラシック2本と食糧の袋を下げた私は、坂道をエッサエッサと歩いていきました。
登りだからちょっと大変よ。けっこう荷物重いし。
そしたら、あ~ 鹿!鹿!
お出迎えありがとね~
ミセス温泉は鹿に会えるのを楽しみに来たんですもん、ここでご挨拶してくれてよかった~
「私カメラ持ってきたの!あら、どうすれば拡大ができるのかしら!」って
カメラに慣れてないから彼女はあせる。
「宿の周りはうじゃうじゃいるから、ここで撮れなくても大丈夫!」
「そうなの? あー なんとか撮れた!」
ひと山越えると下りになり、そしてまた上る。
夕暮れの気配。
宿が見えてくる。
一歩一歩近づいていくこの瞬間がとても好きだ。
歩いていくからこそ味わえる喜び。
着いたわ~~~ バス停から歩くこと25分ほど。
女将さんに案内されて2階のお部屋に。
前回C夫妻と一緒にお食事部屋として使ったお部屋にお布団が敷いてあった。
敷かれたお布団を見た瞬間、とても気持ちいい感じが伝わってくる。
あれ? テレビがある!
前回私が寝たお部屋をお食事部屋に、と。
この前いたお手伝いの青年が見当たらなかったのでお尋ねしたら
「いまはちょっと事情があって来られないんです」とのこと、
お一人で切り盛り、大変ですねぇ……
つるべ落としで秋の日差しはなくなり、すでに暗くなったお風呂に入り
(ミセスはもちろバスタオルで巻き巻き、私は混浴用アーマーでガード)
いいわね、いいわね~~~ 状態。
して、おじさんもチラホラ。
今夜の夕食は十勝帯広駅でゲットした弁当を電子レンジで温めて、それにインスタントのお吸い物、惣菜は長崎屋で買ったカボチャの煮物、イカリングなど。
えーっと、これ何弁当?
帯広駅の弁当屋豚丼しかなくて、豚丼以外の弁当探したんだけど適当なものが見当たらず、時間切れでその辺にあるものを2人でつかんできたのだった。
「あ! 天丼とカツ丼が半分ずつだったのね」
「ホントだ。気がつかなかった」 ってな感じでした。カツも柔らかでおいしかった。
これでぜーんぜんOK。おまけに時間を気にせず好きな時に食べられるし。
朝だって好きな時に起きてコーヒー飲んでお食事部屋でタバコ喫って、ちょっと甘いもの食べて
そしてお風呂入ってお布団部屋でゴロ~ン。
って、2人とも「幸せよね~~~~」
自炊用のガスが、カセット式のコンロになっていて、ちょっとずつ使いやすくなっている気配。
調理道具も揃っているし冷蔵庫もあるし、今夜は牛のステーキにしましょ~う。
バターたっぷりでソテーしてね~!
あ! 誰だゴミ置いてったのは!
<ゴミは持ち帰りましょう>って書いてあるのに!!!
大部分いい人たちなのに、必ずこういうのがいるんだよね。
私は長崎屋で買った惣菜をトレーから出してジップロックに入れて、トレーは捨ててきたのだ。
持ち帰るゴミをできるだけ減らすために。
お湯も出ま~す! 温泉で~す!
鹿、いないな~ ミセス温泉に
「宿の周りはうじゃうじゃ」って言っちゃったんだけど…
えー …… なんでいないんですか~ お願~い 出てきてくださ~い!
やけに暖かい日で、Tシャツ1枚にカーディガンで外を歩ける。
はるか下の堰の水音が、静かな山肌のあらわになった木々の間を通って聞こえてくる。
木枯らしの晩秋と、どこまでも白い雪景色のはざまの、インディアンサマーの日。
真ん中の仕切りの岩にうろこ状にたくさん付いていた堆積物が全部取り除かれていた。
誰か手入れをする人がいたってことで、少しほっとする。
女将さん1人ではとてもここまで手が回らないだろうし。
気温が高いせいかお湯の温度がかなり熱かった。
長逗留してるらしい話し好きのおじさんが入ってきて、
「いや、えらく熱いな~」と言って湯船の脇から下におろしているホースを取り上げて湯船の中に。
「これ、水なんだよ」 あ、左様で! 助かった。
まあこういうおじさんはいいんですけどね。
しばらくお話ししたのちに私たちは内湯へ。
人によってはヘンな目つきでこっちを眺めてる人もいるのね。
ジェントリーな態度かそうでないかは、けっこう一目瞭然なのね。
私の混浴用アーマーは体にまとわりつかないからいいんですけどね、
ミセス温泉はタオル巻きだから、それも白いタオルだし、お湯から出ると体にへばりついちゃうのね。
それをじーーーーーっと見てるんですよね、無言で。
だから私は常に彼女の背後にぴたっと付いて歩いて、姿が目に触れないようにしましたね。
土日は日帰り入浴客も多く、若いお嬢さんたちがグループでやってきて、
到着して初めて混浴だということを知るらしい。
彼女たちは1人だったらけしてとらないような行動をとる。
多勢に無勢、ノリである。
この日の午後そんな5~6人の女の子のグループや、
彼氏とやってきて脱衣所で混浴に戸惑い、女性専用のお風呂に入ってきた女の子がいたりした。
あとで話し好きのおじさんと台所で出くわしたとき、彼はウハウハであった。
「いや~ 最近の若い女の子は大胆だねぇ」
「目の保養になってよかったですね」と言って顔を見たら、口元が垂れ下がってたわ。
ミセス温泉もしっかり観察するタイプなので、
「もちろんそうじゃない人もたくさんいるけど、土日の日帰りの人の中には
あわよくば、を期待してくる人もけっこういるわね」
<混浴は文化>などという綺麗事は、いまや張りぼての看板みたいなものだと私は思っている。
若いお嬢さんの行動がどうであれ、それがおじさんたちによだれを垂れさせていようとも、私たちには関係がないが。
しかし自分の行動が他人の目にどのように写っているのかを意識しないということは危険である、
という自覚を
<ノリ>のさなかでも持っていてほしいと思う。
そこから先はどんな結果になろうとも、自己責任である。
ブランチはコーヒーを淹れ、帯広駅で買ってきた<ますや>のポテトの載ったパンピザをオーブンで焼いて食べました。
ピリッとした粒コショウ、柔らかめのパンだけど優しい味でおいしい。
けっこうボリュームがありおなかいっぱいに。
ビール好きのミセス、カロリー気にして最近はローカロリーの発泡酒を飲んでは朝寝、そしてお昼寝。
「こういう時間ってすごくいいよね~」
「あー 帰りたくなーい!」
露天はときどきふっと硫黄が香る。
風が少し吹くと、一瞬でそれもなくなる。
日差しがあるとお湯が輝く。かげるとお湯の色が変わる。
時間がゆっくりと流れていく。
「あーーー! 鹿鹿! 鹿よ! ほら、鹿!」
窓の外を見て、私は叫んだ。
「えっ? どこ? あ、ほんとだ! カメラカメラ!」
ミセス温泉があせってカメラを構えて窓辺に。
「まあ~ かわいい! すぐそばまで来るのね!」
「すぐそばまで来るのよ」
(あ~ よかったよ~ うじゃうじゃいる、なんて言ってしまって、全然いなかったらどうしようかと思ったよ~!
出てきてくれてありがとう!!)
母鹿と小鹿はゆっくり草をはんで、ミセスのカメラに収まってくれたのでした。
女性専用の、小ぶりのお風呂もとても好きだ。
ミセス温泉もお気に入り。
初日はぬるめでとても落ち着けたのだが、気温の高いのがそのままお湯に反映されて、
すごく熱くなっていた。
とくに夜は入れないほどの温度、50℃近くあったようで、そのときどうしても入りたかった私たちは、
ドアのそばにあった湯もみ板でかき回し、洗面器に水を汲んでは入れ、汲んでは入れ、して大汗かいたのちにやっと湯船につかったのだった。
そんな思いをしても入りたいと思うお風呂なのね。
なんの変哲もない小ぶりの風呂なんですけどね。ガラス戸も建物のゆがみのせいで開かないし。
戸が開かないからガラスのお掃除もできずに曇ってるし。
だけどすごく落ち着けて、心休まるお風呂で、好きなんですよ。
晩ご飯、長崎屋で買ってきた、けっこういい牛肉をステーキにしました。
お惣菜のカボチャもポテトサラダも、ちゃんと作っているようで、おいしくいただけた。
インスタントのお味噌汁も最近のはすごくうまくできてますしね。
このほかにミセスが好きで買ってきたおでんもあったし。
お肉の下に敷いたキャベツのサラダもシャキシャキで、
食後は持参した加賀の棒茶で締め。けっこう豪華な晩ご飯でしょ?
ときどきお湯のポットがキュルキュルルーって鳴くの。
思わずポットの頭を抑えたらまだ鳴いてる。
え? このこじゃないの? 外で鳴いてる?
ヒョロヒョロー キュルキュルー みたいな… 鹿?
えーっと、なんだったっけ? うーん…思い出せない…
「ねえ <声聞くときぞ 秋は哀しき>の上の句、何だったっけ?」ってミセスに聞いたら
「あー … 何だったっけ… だめだわ、思い出さない」
なんだっけな? そしてそういえばエゾシカの角があるのを見たことないんだけど。
「ねえ、エゾシカって角ないの? 今まで見たことないんだけど。うじゃうじゃいても」
「え? 角? 見たことないの? ふーん、そういう種類なのかしらね」
しかし角のない鹿っているんだろうか? 突然変異?
私はテレビのヒマネタで奈良の鹿の角狩りの映像を思い出し、鋸でギコギコ切り落とされて
頭がみょーに頼りなくなった鹿がピョンピョン去っていく姿を思い出し、突然変異で角が無くなったエゾシカの雄の姿を想像したけど、うまくいかなかった。
夜は更けていき、しじまの中でときどき ヒョロヒョロヒョー と鳴いている声が聞こえた。
あさ~~~!
あ!
小鹿を2頭連れたお母さんよ!
2頭の小鹿は、ゆっくりと坂を上がって去っていった。
あれ?
小鹿の後ろに見える鹿の頭には?!
「エヘン! 角、あるぞい!! 」
あっら~ 失礼いたしましたあ。 ご立派な角をお持ちで。まあ、そして毛皮の色も男っぽいわよ~!
「エゾシカ、角ないの?」なんて言われたもんだから、
見せてやりゃなあいかん、風評被害に遭う!と思って出てきたみたい。
母、まったく無関心に草をむさぼっている。
お父さん、ちょっとムッとしてヒョローッと鳴くも、食べるのに夢中、完全無視でイラッとしたらしく
威嚇するように少し下ってきた。
「おい!いつまで食ってるんだ? 子供らが行っちまったぞ!」
お母さん、やっと食べるのを止めてやっこらしょっと上がり始める。
「あー はいはいはい、分かりましたよ。あんたってホント、うるさいんだから」
雌鹿はゆっくり坂を上り、最後にこっちを見て
…そしてウインクした。
(あ! 鹿7号!? お母さんになったんだね!)
お父さんは立派な角が目立つようにしばらくこちらを睥睨していたが、やがて草むらの向こうに去っていった。
パンとコーヒーを用意していた朝ご飯のときに、女将さんに温かな温泉卵をいただいた。
ほんのり生姜の香りがして、とてもおいしく、おなかもいっぱいに。
バスの時間がお昼過ぎだったので、食事の後ものんびりお風呂に。
お湯につかっていたら突然ミセスが
「奥山に もみじ踏みわけ鳴く鹿の よ!」
「は? あ、憶良ね」
「そう、憶良よ憶良! やっと出てきた、あー よかった」
どうやらずーっと思い出そうとしてたみたいね、私はすぐ忘れちゃったけど。
「昔は夢中になって百人一首覚えようとしたのよ」と感無量。
「そうね、私もそうだった。今でも虫干しすればなんとかなるかもね」
いまどきの小学生とか中学生は、百人一首やるんだろうか?
窓から外を見たら、露天のお掃除をしているらしき男性がいた。
あら? お手伝いの青年が来たのかな?と思ったんだけど、その後見かけなかった。
露天はまだお湯がいっぱいになっていなかったけれど、これなら入れるわね~
お掃除したての一番風呂ね~
「なんだかあっという間ね、もっと居たいわね~ とてもよかったわ」とミセス温泉。
「ホント、あっという間ね。もう帰るのかって思うと残念」
残念、残念。でも帰る時間が来てしまった。
通り雨が降っては止み、また降り。
女将さんがバス停まで歩いて行く私たちを心配して、先ほど来たばかりの馴染みのお客さんに
車でバス停まで送ってくれるように頼んでくださった。
「見るものもないし、行くところもなくて、退屈だったんじゃないですか?」と女将さんはおっしゃる。
私にとっては、こんなに豊かで輝くような時間を過ごせたことが大きな喜びであったし、それはミセス温泉も同じ思いであったろう。
そんな宿であり、そんなお湯であり、そういう空間で過ごせた時間であることを、しみじみと感じながら去るのである。
音更(おとふけ)から毎月3~4日泊まりに来るというご夫婦のご主人が車でバス停まで送ってくださった。
音更からここまで車で1時間弱、北海道の温泉にあちこち行かれたけど、ここが一番いいよ、とおっしゃった。
そうだよね~ 羨ましい限りである。
バスに乗って、しばらくしてから気が付いた。
あのとき宿にいた男性はただ一人、音更から来た、さっき送ってくださった方である。
恐らく宿に着いてすぐに露天の掃除をされたのだろう。
それに全然気付かなかった私。
あの宿は、高齢の女将さんを支えて、そんな人たちのたくさんの愛で存続しているのだ。
もちろんそうでない人もたくさん来るでしょうけどね。
<オンネトー温泉 景福>で新妻ちゃんが説教した ぶらおじさん&はみおばさんグループも
「今度<鹿の谷>に行きましょう」って言ってたし。
大胆な若い女の子や、あわよくばそんな女の子との遭遇を夢見るおじさんや、
タオル巻きの姿を食い入るように見つめるおじさんとか、その他モロモロ来るでしょうけど。
でもそんな人たちはきっと、露天のお湯の上に浮かぶ枯葉のようなもんよね。
フレッシュなお湯でどんどんと流れ去っていくわね。
バスは時間どおりに走り、糠平温泉の<中村屋>の前を通り…
秋の気配の平原を通り…
「すごく良かったわ~ なかなか一人では行けないところだもの、ありがとう」と満足のミセス温泉。
それを聞いてとっても嬉しかった私。
さて、まだまだこれからも僻地旅行に、ご一緒するわよ~
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