(2010年10月3日 1人泊 @8,550円)
雲が早く流れていき、吹く風が冷たい。函館駅前はいつでも風が吹いているような気がする。
あまり本数のないバスに乗るために「スナッフルス」でケーキを食べお茶を飲み、
それでも時間が余ったので「ラッキーピエロ」でコーヒーを飲み、
うーん… 液体でおなかがいっぱいになっちまったわ。
11時28分発のバスは11時29分くらいにやってきて乗客は私を含めて3人だった。
ここから2時間かけて、半島の突端、恵山(えさん)に向かうのである。
バスはひたすら海岸線を走る。
強い風で、海には白い波しぶきがあがり、荒れていた。
わずかに乗り降りする人は病院の前であったり役場の施設だったりと、
いつものバスの変わらずの日常なのだろうが、
初めて乗る私にとっては、人通りもまばらな北の漁師町の、新しく建て直されたような家々がごく海のそばに延々と連なっている風景は、頭の中で思い描いた以上に旅情をそそるものだった。
連なる家と道路を挟んで急峻な坂があり、ところどころに階段があって神社らしきものが何カ所も見受けられた。
それは高台、海に向かって建てられ、海の男たちの加護と豊漁を祈願したのだろう。
きっと今もしているのだろう。
家が見えなくなると驚くほど近くに海があるのだった。
見飽きることがなかった。
ふいにゴツゴツとした岩肌が前方に現れ…
バスは岩山を避けて山のほうに迂回するのだろうか…
などと思ったら、公共の温泉施設に向かってぐるっと回ったのちにまた海岸線に出て…
海岸線ギリギリの道路を再び走りだしたときにはかなり驚いた。
ええっ…
こんな道がまだ日本にはあったんですか!と…思わず口が開いてしまうような…
岩を穿ってトンネルにしてあるが…
けっこう凄いんですよ、これが。
毎日通っているとはいえ、運転手さんもかなり慎重にゆっくりとバスを進める。
あ~! またトンネルだ~
おお!凄い!
たいへんスリリングな景色で、見とれていたらそこから先はしばらくまともな道路が続き、やがて「恵山登山口」。
バスを降りると、すでに宿から迎えの車が来てくれていた。
5分ほど山のほうに走って、到着。
運転してくれたご主人らしきおじさん、奥のほうに声をかける。
「おーい、山、見えるかー?」
奥から女将さんらしきおばさんが
「やっぱり今日はだめだ」
2人して天気が悪くて山が見えないことを気にしてくれて、山のことなどとんと考えもせぬ私は戸惑った。
女将さんはふつーの格好のおばさんで、
「遠くからよくいらっしゃいました。残念ですね、恵山見えなくて」
「いいんですよ、山じゃなくてここの温泉を楽しみに来たんですから」
「そうですか。でもね、見えるとね、いま紅葉が始まっててね、綺麗なんですよ」
「春は山全体でつつじが咲いてね、とても綺麗ですよ」
へえ~ そうなんだ~ 知らなかった。
まあ知っていても、私はそれを目指しはしないからな~
たぶん家族で住んでいるのだろう、小さな子供がいるらしい。
本日の宿泊は、私1人だそうです。
ということは~
風呂は貸し切りってことですね~
建物はもう古くなり壊れたところはそのままだけど、お掃除はちゃんとされていて不愉快なところは全然なく、トイレも清潔。正面水洗のトイレ。
2階の部屋に案内された。
「寒かったらストーブをつけてください。いまつけますか?」
と聞かれて、全然寒くなかったので
「もし夜冷えたらつけるから、いまはいいですよ」
窓が変わった造りだった。出窓のようになっている。
開けて下を眺めると、現在の窓の位置よりかなり下の部分に手すりがあり、
どうやらかつては張り出し部分全体が窓だったのを造り変えたようである。
強い海風とともに潮の香りがして、窓ガラスがガタガタと鳴った。
さ~て、お茶1杯飲んだら風呂よ~!
1階の端に風呂場がある。
男女別の入り口。
脱衣所。湯音と、排水音が聞こえる。
服を脱ぎ、裸になり、戸を開けるまでの時間というのは、
まだ見ぬ風呂に向かっての期待と嬉しさでワクワクしながら、
そして自分の感覚もまた、余分な先入観をそぎ落としてピュアに全開していく時間のように思える。
ガラス戸を開けると…
そう。期待通りの風呂だった。
豊かなお湯が溢れて、それが輝きながら流れている。
さっそく <まるみ仕様> にしちゃうもんね~
窓を全開にすると、裏山の斜面から時折風が入ってきて気持ちよい。
夏の名残りのような緑が美しい。
お湯は素晴らしかった。
いままで入ったことのないお湯の感じで、口に含むと強酸性で酸っぱいが、
それ以上に鉄の強力な味が広がり、えぐく甘く苦く……
温度は私には温かめの丁度いい温度、39~40℃くらいか。
酸性だけど肌への負担は感じずに、いたく心地よかった。
そして成分は複雑で濃く、たいへん魅力的なお湯だった。
湯量はとても豊富で、
換気扇のない風呂場にはこのお湯の音と流れていく音だけが響き、風が木々を揺する音が聞こえる。
機能一点張り、
こちらに向けるけれんも媚もなく、四角いコンクリートの浴槽と、お湯の管。
風呂場全体が豪快で力強く、
お湯を戴くことへのひたむきでまっすぐな意識の凝結がここにあって、
心打たれる。
時の流れが、
この風呂場に繊細な装飾を施した。
ここ、独り占め???
私は声を出して笑ってしまった!
ここ、独り占め!!!
激しく落ちるお湯の勢いに細かい泡がたち、茶色く澄んだお湯の中には湯の花が舞う。
カヌーのあとの疲労は大沼プリンスホテルのお湯では取れなかったが、
これは絶対効くわね~ というか、ここで癒やすことをそもそも目指したのだった。
窓の外、下を見ると、お湯の配管が通っていて、
まず女湯、そして男湯につながる。ちょっと優越感。 (まったく無意味だけどさ~)
あとで男湯ものぞいたけど、左右対称で女湯と同じ造りだった。
夕食はお部屋で。
並べられたものを見てちょっと驚いた。たった1人の宿泊客のために、手を抜かずに料理してくれたのである。
温かなイカ飯。
しっかり詰まったもち米、イカも柔らかく、そのおいしさは道南に来ていることを実感できる。
ここのお嫁さんだろうか、お嬢さんだろうか、あきらかに焼き立て、というものを運んでくれた。
5種類のお刺身の魚の名もきちんと告げてくれる。はじから忘れる。
新鮮でおいしいのはもちろん、これを私のために揃えるのに、安い宿泊料金で足が出てしまうのでは、と、恐縮してしまう。
この魚の名前も教えてくれる。
もちろんただちに忘れる。
板前が作るようなお料理ではないが、薄味でおいしい家庭料理。
だから魚の味も鮮度もよく分かる。
あまりに強烈でキレイな色だったので、これは覚えている。
この地で採れたハゼの実の、大根おろしあえ。
その酸っぱい味も、鮮やかに染まった大根おろしも
印象的なものだった。
新サンマ。北海道の人が<ぼりぼり>と呼んでいる天然のキノコなど小鉢も地のもので、そういうことも嬉しい。
そうとうおなかいっぱいとなったときに
「カレイです」とから揚げが。
そして素麺とブリ、ミョウガのお吸い物。
北海道、北のほうでは採れないミョウガも道南では採れる。
「栗ご飯の栗は、ここで採れた山栗と丹波栗の2種類入ってます」って…
ええーっ … 食べられるか…
いや~食べねば! 食べるわよ!!
すっごくおいしかった!
山栗もおいしく、なにより2種類入ってるってのがすごく好き!
しかしイカ飯が残ってしまった… できることなら、テイクアウトしたかった!
ご飯の後布団を敷いてくれた。
これですぐにゴロッとなっておなかをさすれるのが嬉しいわ。
お母さんと一緒に幼い女の子が付いてきて
シーツを引っ張ったりして布団敷きのお手伝いをしていた。
「どうもありがとうね」と言うと、無言でちょっとはにかんで、けれど得意げにお母さんと去っていった。
私は客のシーツの上ででんぐり返り & ジャンプして遊んでいった板室温泉・加登屋旅館のチエのことを思い出して、いまごろどうしているだろう、と思った。
外は嵐のような風と雨で、そのゴウゴウと吹きすさぶ風と窓を叩く雨の音に、なんだかとても安らぎを感じて、
早々と眠くなってしまうのだった。
朝の風呂場は、とんでもないことになっていた。
脱衣所に入ったときからただならぬ音がして、入った途端目に飛び込んできた、床を押し寄せるお湯の量…
その湯口から噴出しているお湯の量に…
このお湯に打たれると飛ばされそうになるくらいの勢いで、
いったい何事が起こったのだろうかとさえ思った。
しかしこれはもちろん自然の営みの中では当然のことで、
こんな光景を目撃し、そして体験できたことはありがたいことであった。
湯船の中にいると、しぶきが激しく体を打った。
痛いくらいであった。
こんなお湯と風呂場が存在し、いまここに入れたことに、感謝したのであった。
ありがとうございました!!!
朝、雨が上がり風がやんだ。体は ほーらやっぱりバッチリ軽くなっている。
朝ご飯は1階の食事処で。
「天気が悪かったので船が出なくてね、イカ刺し出せないんですよ」と言われたけど、
朝から刺身を食べるたちじゃないのでぜんぜんいいの。
ここで昨日獲れた新鮮なイカを「今日獲れたんですよ~」と言って出されても、
東京から来た私にはたぶん分からないだろうから、
出せない、という正直さがかえって好感が持てるのだった。
イクラご飯だもんね~
ぜーんぜん文句ないです!
霧がたなびく山々は、すでに紅葉が始まっているようで、確かに晴れたら景色がいいことだろう。
バスの時間に合わせて、女将さんが車で送ってくれた。
玄関で靴を履いていたら、大女将さんのおばあちゃんが挨拶にみえて、
宿の昔の賑わいの思い出を語ってくれた。湯治もやっていたとのことだった。
お湯の良さを絶賛したら、お湯はいいんだけど2km引いてきているので、
いまでもぬるめなのに冬は一段と温度が下がり、
ぬるいぬるい、と言われるのでめんどうだから冬は営業しないのだそうである。
送ってもらう車の中で女将さんが、日帰りの人もほとんど来なくて… と。
この辺の公共施設でボーリングしたら食塩泉が出て、60歳以上の老人は無料なのでみんなそこに行ってしまいほとんど来なくなった、とおっしゃった。
「たまに痔の人が来るくらいで」
しかし痔の人が来るのはあのお湯に効き目があるからだと思う。
(もっと痔の人がたくさんいればいいのに… などと一瞬思った)
昨夜の少女の姿を思い出し
「お子さんたちは学校にどのように通っているんですか?」とお尋ねすると
「過疎化が進んで統廃合されて、ちょっと離れたところまで、スクールバスで通っています」
「2時間もバスに乗って退屈だったでしょう、遠いところをありがとうございました」
と言われ
「私にとっては楽しいバスの旅でした。あのいい温泉目指してまた来ますね」
また来たいと思った。
バスに乗ると、パラパラしていた雨が激しく降ってきた。
2~3人の人がたまに乗り降りするバスの、窓の外の雨に煙る海を眺める。
ゆっくりゆっくりとカーブを曲がると、突然岩肌が視界を遮る。
人が乗り降りすると、湿った空気がバスの中を流れる。
秋の終わりの、北の海の情景を…
ただひたすら見つめていることが…
それができるという自分の存在が… 健康で五体満足、こんなふうに旅をして…
こんなふうに、いまここにいることが信じられないような…
しかし紛れもない事実であることに、奇妙な感じさえ抱きつつも…
それは間違いなく、幸せな時間であった。
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