(2008年3月15・16日 1人泊 @20,150円)
北海道 大雪山系・旭岳……
行きたかったけれど、本当に行けるようになるとは思わなかった。
旭岳が見たいなあ、と、ずっと思っていたのだ。
亡くなった私のパートナーの命の恩人である、鍼の先生の出身地が旭川。
若い時に結核の患者さんの治療をされていて、ご自分も結核になったそうである。
まだ抗生物質のない戦前のこと。
「どうやって治されたんですか?」とお尋ねしたら
「山に登り、そこから大雪のご来光を毎朝胸いっぱいに吸い込んで治したんだよ」と。
たぶん一生行くことはない<大雪>と<旭岳>は、そのときから私にとって、はるかなる憧れとなった。
自分が自由に行ける身分になったときでも、本当かしら?
行っていいんだろうか、と、ためらう気持ちがあっだ。
亡くなられた先生のご出身 旭川、そして旭岳を見たい、という思いがとても強くなって、ついに決心して行くことにした。
なんだか夢のよう……
この宿を選んだのは、ダブルベッドルームが1人泊OK、旭川空港から宿までの送迎付き、部屋の窓から旭岳が見える、との触れ込みだったからである。
温泉を第一に考えると他の宿の選択になるが、今回はひたすら旭岳をこの目で見てみたい、その思いで。
旭川空港から客は私1人の送迎車、40分ほど。運転する宿のおにいさんととても楽しくおしゃべりできた。
人見知りで、若いときはできなかったこと。
この人とおしゃべりできるのは一期一会、と思うと、
縁あってお話しできることはなんとも嬉しい。
東京ではそろそろ沈丁花が、花壇には三色スミレが咲き出しています、と言うと
「いいなあ、もう外で花が咲いてるんですか。いいなあ。
この辺の雪が全部溶けるのは、5月の連休明けくらいですよ。
そして10月半ばにはもう、雪、降ってきますからね」
遅い春を心待ちしている様子が切々と伝わってきた。
今回、旭岳を見たくてやってきたことを話すと
「天気予報、しばらく曇りだっていってました、残念ですね」
登るにしたがって、雪がちらついてきた。
明日も曇りか……
ルームキーを置くと、部屋の電源が入る。
部屋はとても静か。パーフェクトに静か。
久しぶりの静寂感をしみじみと味わう。
窓の正面に旭岳が見えるんだそうな。
真っ白で何も見えない。
でもこの白さをいつまでもいつまでもいつまでも見つめてしまう。
時間がたつのを忘れてしまうくらい……
明日は晴れないかな~ 見てみたいな…… 旭岳。
旭岳……
真っ白だな~
「先生、旭岳、見えません……」
ふと、懐かしい笑い声が聞こえたような気がした。
「明日をね、楽しみにしていてごらん」
この宿は、温泉旅館というよりもマンションの内装などをするような感じの名前の会社のグループで、
この会社は温泉にこだわっているのか、地方都市の町なかにかなり無理やり温泉を引いてホテルを作ったり、老舗だけど経営がナナメッてる宿を傘下に入れてリニューアルしたりしている。
グループの宿の特色としては、部屋にコーヒー豆とコーヒーミルがあって自分で挽いて飲めることとか、
夜食にラーメンなどの軽食が出るとか、無料の飲み物、ここは無料のアイスバーと朝はヤクルト飲み放題であったが、私にとってはコーヒー以外は必要ないものなので
「夜11時から夜食の旭川ラーメンが出ます」とフロントで言われても、特に嬉しいわけではない。
木造りの内湯。
広々と窓が大きく気持ちよかった。
透明なお湯が豊富に落ちている。
扉を開けて露天に。
あ~~~ ガッカリ……
来る前に調べて、この宿の露天の写真を見たのだが何種類かあった。
どうやら、オープン当初は露天に板塀がなかったようである。
寝湯の向こうに木々が見えている写真があって、それを期待したのだけど。
板塀を作って目隠しにしたらしい。
寝湯に横たわると……
木の板塀しか見えないの。
高い飛行機代払って、この板塀が見たかったのではないんですけどね。
おまけに湯量も少なく、とってもつまんなーい。
寝湯じゃない小さな露天なんかもっと入る気がしないのである。
4箇所の貸し切り風呂。
空いていればいつでも。
小さくて2人が限度。
まあ落ち着けるが、小さいのと窓の外は真っ白で風景が見えずちょっと閉塞感あり。
最悪なのは、スピーカーから軽音楽が降ってくるのだ。
タランタラ~ン タララララ~~ ランラ~ン
くーーっ!!
スピーカーを切りたいので探したが、スイッチがどこにもなかった。
風呂場で音楽は、絶対聞きたくない。
風呂場で聞こえていいのは、お湯の音だけ!!
どの貸し切りも音楽が降ってきてー!
遊園地みたいな雰囲気にするな~!
部屋の環境はとても良いのだ。
ベッドはシモンズ、枕はいろいろな種類を備えてあって自分で選べる。
ドアを開け鍵をトレイに置くと電源が入り、洗面・トイレはオートスイッチ、スチーム暖房はエアコンと違って音がせず、ベッドのサイドボードですべての電気がコントロールでき、
加湿器、冷蔵庫の電源も落ちるので、本当に静けさの中で眠りにつける。
なのに貸し切り風呂で降ってるへんな音楽は止めることができないのよー!! 許せん。
翌日の朝食後、部屋に戻りると、
あれ?
もしや?!
「先生!! 見えました!! 旭岳!!」
なんという山だろう。
すがすがしく雄々しく、そして激しくよじれたような部分は平坦で優しさも感じ、
今まで見たことのない山の形に見入ってしまい、
気がつくと見すぎて目がおかしくなってしまった。
白いものを見続けたことがないので、目がこんなことになるとは思わなかったのだ。しばらく視力戻らず。
「これが旭岳……」
どんどん天気になって、見渡す限りの青空となる。
素っ晴らしい~~~!
宿で長靴を借り、山に向かって歩き出す。
気温が上がり、雪が見る見るとけていくのが分かる。
歩いていると汗ばむほどで、北の大地も春が近いのだ。
ロープウェイに乗ろうとして。
いますべて楽しんでしまったら、もったいない、と思った。
壮大な山の上からの風景を見るのは、この次にしよう。
いま全部見てしまったら、あまりにも贅沢すぎる。
この次に取っておこう。
そして引き返した。
小動物のいろいろな足跡があって、どんな動物が歩いていったのだろう。
想像してワクワクした。
風景、見る物、雪の中を歩くこと、すべてが楽しかった。
こんな雪道を歩くのは初めてで、宿でもらった散歩コースの地図を頼りに林道に入ろうとしたのだが、
どこなのか分からない。
子供たちのグループにスノートレッキングを教えていた先生が、地図を見て立っていた私に声をかけてくれた。
「どちらに行かれるんですか?」
私は地図を見せ「この林道の散歩コースに行きたいのですが」
先生は地図を見て
「この散歩コース? どこでしょうね? この辺に林道はないですよ」
「??」
結局どこだか分からず。
「ありがとうございます。迷わない程度に歩いてみます」
これはその5分後の風景である。
そうか、こうやって遭難するのか、と思った。
方向は注意深く覚えているし、ホテルのすぐそばであるから迷うことはないので恐怖感はなかったが、
重機でならされて固められた歩きやすい道の端は、長靴で歩を進めると、ズブズブッと膝まで埋まるパウダースノウである。
ズブッとなって転がったら方向はまるでわからなくなり……
「あれ、夕食に来ないよ?」「そういえばあの人、お昼前に長靴借りて出ていったっきりです」
そりゃ大変だ~~!! ホテルの裏10mで凍えているところを救出……
恥ずかし~い。
東京から来た人間に「散歩コース」などと書かれた夏用の地図なぞ渡すのは危険よ!
明日も晴れるかな?
天気予報を観ようと、テレビをつけると
突然現れた画面の中の青年が、警官に取り押さえられながら、
カメラに向かって拙い英語で叫んでいた。
「チベットに、自由を!」
私はテレビのスイッチを切る。
今日、私は旭岳で温泉に入り、
今日、1人の青年がチベットで
「チベットに自由を!」と叫ぶ。
この部屋は、とても静かだ……
迎えの車の中で運転してくれた宿のおにいさんはニコニコしながら、
「お食事はとっても評判がいいんですよ~」と言っていた。
しかしもちろんキミはここのお食事、食べたことないでしょ~
言っちゃあなんだがひどかったよ~
初日はレストランの洋食を選んだ。
最初に出てきた<春キャベツのなんだらかんだら>
春キャベツ~! あの柔らかくてキャベツの甘みがじんわりと広がって溶けていく、春だけの味わい……
春キャベツ~! なんて素敵な響き!
それにしてもいま私が食べてるこの味のないゴリゴリした代物は何!!
ソース泡立てることを覚えたからって、そればっかり使うな!
だいたいソースとしての機能をなしてないわい。
隣のテーブルのカップルはベビーベッド持ち込みでお食事である。
若い奥さんは、皿が出てくるたびに「かわい~い!」
デザートはともかく、料理を見て「かわいい」などという言葉は、口が裂けても言わないでほしいと思います。
イカ墨のパエリャ?なぜにイカ墨?ふつーのパエリャでいいじゃん。
フライドオニオンの下の、ニシンがくさくてオエッ。
絶句。
薄い肉の下に隠された大量のヌードルがメインの料理。
やれやれ、デザートのイチゴのジュースはイチゴの味がするので、ほっとした……
いやはや、なんとも。
2日目は和食。
つまり仕入れは同じだろうから、材料は同じになるわけ。
和・洋両方ある宿は、料理のレベルが同じになるのは不思議である。
洋がおいしければ、和もしかり。
まずければまずい。
<ゴッコ>という深海魚は、本州では見たことがないが、函館の市場で見たことがある。球体の体をして背中に吸盤がある深海魚で、冬になると海面近くに上がってくるらしい。
北海道の人は好物のようである。良く煮込むとゼラチン質がおいしいという。
鍋がグラッと煮えた瞬間「火をお止めします」と言って切られてしまったので、
半生のゴッコはすさまじく生臭く、この鍋はすべて食べられなかった。
朝食も同レベル。
初日、和食のお粥はとんでもな~く糊状であった。
障子張りするときのより、ややかためかな~。
2泊目、洋食はふつーのパン、パックのジャム、パックのバター。
ティーバッグの紅茶で済ませた。
私は朝から酸味はあまり摂れない。
小さいオムレツにのってるトマトソース、見るからに酸っぱそうなマリネ、トマト味のスープ、ドレッシングのかかったサラダ、ヨーグルトにキウイ……
お手上げでーーす。
「じゃらん」の口コミなんかには、この宿の食事はいい評価が載っている。
二十代、三十代、うっかりすると四十代までの味覚は、ファストフード以外は何でもかわいくておいしいのであろう。おまけにアイスバー食べ放題で夜食にラーメンもあるし。
旭岳、そして旭岳温泉 また来よう。
今度はお風呂重視で~!
新緑の時季に~~!!
そしてロープウェイに乗って…… 今度は見下ろすのだ、下界を。
先生、ありがとうございました~ 北海道、ありがとう~
その後しばらくして……
中国の裁判所で死刑の判決を受けた直後の、チベットの青年たちの映像が流れた。
彼らの瞳は真っ直ぐにカメラを見つめ……
私の目を見つめていた。
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