矢板 赤滝鉱泉

(2008年11月1日・2日 @6,000円)



赤滝鉱泉


矢板駅まで1,000円で迎えに来てくれる。
宿の娘さんとおぼしき女性が運転されていて、おばさんが先客で1人乗っていた。
矢板市内の方で、自宅までこの車が迎えに行ってあげたんですって。

雑誌にも載らない、テレビの取材もない、源泉かけ流しでもない、食事自慢でもない、露天もない、
鉱泉の沸かし湯の浴槽が一つだけの、山の小さな湯治宿である。


赤滝鉱泉




国道を走ること40分ほど走り、左折して林の中を車が下って行く。

しだいに道が急峻になり、車で降りる限界のような坂をハンドルを3度、4度、巧みに切りかえし、
見事な運転さばきで、

「すごい道ですね~ 上手な運転なので安心ですけど、冬は大変でしょうね」


「ここを通ると、みなさん、すごい秘湯だね!っておっしゃいます。
雪はあまり積もらないんですが、冬は午前中通れず、午後雪が融けてからお送りしたりするときもあります」


赤滝鉱泉

懐かしい田舎の家だった。

宿の看板すら出ていない。
ちょっと遠い山里の親戚の家のような。




赤滝鉱泉


赤滝鉱泉






入口に、控え目な由来が掲げられている。


赤滝鉱泉


赤滝鉱泉


赤滝鉱泉

本日の宿泊は、もう1人のおばさんは1階の部屋、私は2階の部屋である。

電話で予約するときに
「足はお悪くないですか?」と聞かれた。
湯治宿は、必ずといっていいほど体の状態を気遣ってくれる。


赤滝鉱泉

「足は悪くありません。体はどこも悪くないですよ」



赤滝鉱泉









その結果、私は2階の角の一番眺めのいいお部屋。


赤滝鉱泉

トイレは1階のお風呂場の前にあり、トイレからは一番遠いのだが、
川のせせらぎが聞こえ、窓からは “赤滝” が眺められる。 


赤滝鉱泉






水はとても澄んでいて岩魚が泳ぐのが上からでも見えるそうだ。

もちろんこの宿では、その岩魚はお食事には出ない。



赤滝鉱泉






朝9時から夜9時まで、お風呂に入れる。

鉱泉を、薪を焚いて沸かす。

お風呂の入り口にスリッパがあれば人が入っている、ということだから遠慮する。


赤滝鉱泉

薄暗いお風呂場。

ゆったりめの深い浴槽。

ここのお湯をかけ湯して、体を洗う。

中は木を張ってあり、腰かけられる造りになっている。


赤滝鉱泉






カランからは水しか出ない。


赤滝鉱泉

お湯が足りなかったり熱かったりしたら、自分でお湯を足して調節する。

ぬるかったら大声で
「お湯ぬるいので、焚いてくださ~い」と叫ぶ。

宿の女主人、おばあちゃんは若々しい方で
「ぬるかったら言ってね~ おばあちゃん、頭は悪いけど耳はいいから~」


赤滝鉱泉


山里に、とてもゆっくりと静かに、紫色の空気が満ちる。


赤滝鉱泉

薪を焚くにおい。
表にいると、ときどきパチッパチッと薪のはぜる音が聞こえる。


赤滝鉱泉

薪の燃える煙が、唯一、湯治宿のしるし。



赤滝鉱泉






ほんの少し色づいた木々が暮れていく山の端に垣間見える。


赤滝鉱泉

ああ… こんな穏やかな時間が巡っているのか… と。

庭にたたずむ私の周りも、少しずつ薄墨色が濃くなって物の形の境界線がにじんでゆくのだった。




赤滝鉱泉

夕ご飯。

あ、おかずちょっと少なめかな~ 


赤滝鉱泉






でも、丁寧に手造りされたハンバーグ。
おいしくいただきました。



赤滝鉱泉

お燗で1合頼んだら、なめこおろしも付けてくれたし。

OK! OK!~~


赤滝鉱泉

お風呂に入っていると、おばあちゃんが
「お湯どお? ぬるくない?」

ガラス窓をちょっと開けてのぞいて

「ずいぶん減っちゃってるね。
お湯足してちょうだい、いま熱くしてあげるから」


赤滝鉱泉

すぐに裏のボイラーに薪を足す音が聞こえる。

赤滝鉱泉

口に含んでみると鉄泉なので鉄分の味もするのだが、
甘み、酸味、苦味の混在したとても複雑な濃い味なのである。

赤滝鉱泉

お湯が焚かれて温かくなるのを感じながら、のんびり漂う。


赤滝鉱泉

自分でハンドルをひねって全開にし、ジャブジャブと浴槽の縁まで入れて
贅沢に味わう。


赤滝鉱泉

お湯はフレッシュで、赤みを帯びてはいるが、酸化していないので透明である。



赤滝鉱泉

朝御飯。朝からすごくおなかがすいていた!
うん、健康な証拠!


赤滝鉱泉

卵のきれいな色。いい卵ね、とてもおいしい。



赤滝鉱泉

散歩。

出がけにおばあちゃんが

「お昼はうどんよ~」

「ええー!! お昼が出るんですか?」

「そう。3食付きなの}

知らなかった…


赤滝鉱泉

「えっと、おなかいっぱいなのでお昼は要りません」

「うどん食べない? じゃあお握りにぎってあげようか?」

「そ…そうですね。小さいのでいいです」



赤滝鉱泉

滝の上まで行ってみる。

こんなところに、こんなお宿があったのだ。

江戸時代末期に作られたらしい。

この谷あいに、家を建て、薪で温泉を沸かす。
いったいどんなふうに建てたのであろうか。よくやったものだと驚嘆した。



赤滝鉱泉

部屋に戻る。

私は持ってきた、多田富雄氏の『脳の中の能舞台』を読む。

「……舞台に広がったのは、なんという寒い死の世界であろうか。月光に染みて老女は、あの世からこの世をみたような虚無の舞を舞う。永遠に救済されることのない魂が深い諦観の中で舞い続け、そのまま山の姿に化して終わった。諸役の好演に支えられて、これまで見たどの「姥捨」とも違う形而上的な虚無の世界を描きだして感銘を与えた。」

目を閉じると、橋がかりを歩いて行く後ろ姿が、そのまま静かに幕の中に消えていった…

そして目を開ける。と、

目の前に老婆が…



ぎょっ!!




赤滝鉱泉

下の階に泊まっているのおばさんだった。 あー! ぺっくりぺっくり~~ 心臓ドキドキ!
だって音もなく来るんだもん。

「あのね、これよかったら食べてください、私が漬けたんだけど」と、見たことのない果物の漬け物(この辺で実る植物らしい)と黒酢ダイエットという飲み物のパックを差し出した。

じつは朝、柿を1個貰ったのでそのお返しにさっき粟餅の大福を1個進呈したのだ。

「さっきの大福ね、おいしかったです。娘が、太りすぎだから甘いもの食べちゃいけないって言ってね。ずっと食べてないのですごくおいしくてね~。これ、お返しに」

(このまま、贈り、贈られ、ってやっていくとポトラッチ状態になるから、このへんで打ち止めにせにゃと思いつつ)「あ、どうぞどうぞ、お座りください」

「あ、すぐ行きますから。え? そうですか」と言いながらおばさんは座り……

彼女が脳梗塞で倒れて手術を受け、いまリハビリをしていて(それでゆっくりと音もなく2階に来たわけが分かった)、夫はずいぶん前に亡くなり、すごく口うるさくて喧嘩ばかりする独身の公務員の娘と暮らしており、車で10分ほどのとこに住む息子の嫁が茶髪で、スーパーに買い物に行くときは隣の親切なおじさんの車で行くことなどを、詳細に教えてくれたのである。

娘と1日一緒にいると大喧嘩になるので、娘が休みのときは
「お母さん、これで赤滝鉱泉に行ってきてちょうだい!」と、お金をくれるんだそうで。
そうすると赤滝鉱泉では、家まで迎えにきてくれる。で、

盆暮れ正月、娘の有休のときは、いつもここに来るんですって。


赤滝鉱泉

お握り2個と、みかんが置いてある。
お握り1個でよかったのに。

お米がとてもおいしく、漬け物もすごくおいしいのだ。

おばあちゃんの手作りかな?


赤滝鉱泉






チェーンソーの音が響きわたり、おじいちゃんが丸太を切っている。




赤滝鉱泉

しばらくするとそれが止んで、今度は

ドンッ  ドンッ  ドンッ   ガツッ ガツッ 

そして ガツッ カーン パカッ  という音になり


赤滝鉱泉


それからは  ガツッ カーン パカッ  カーン パカッ カーン パカッ  

と規則正しい音が響いて、丸太は次第に薪となっていくのだった。


あの薪で、お風呂を沸かしてくれるのだ。

赤滝鉱泉

寂しそうなポチと遊ぶ。
猫の名前を聞いたらタマだったからね、暫定的にポチ。
遊ぶ、というより犯されそー!

人恋しくて「放さないよ、放すもんか~! 離れたくない!」と

えっらい勢いでぐわしっと足にしがみついてくる。
もう1人の湯治のおばさんもぐわしっと抱きつかれて、転びそうになっていた。


赤滝鉱泉

手前<外のタマ> 奥<うちのタマ>

外のタマは、野良だったそうで、なんとなく居ついているらしい。
うちのタマはもともとの飼い猫。

餌を食べているときに写真を撮ったのだが、あきらかに反応が違う。

おばあちゃんは
「外のタマはキツイの。人間に慣れないのね」と言っていたが
おばあちゃんの足元にしっぽを立ててゴロゴロいいながらまとわりついていた。

左、お風呂場。

赤滝鉱泉

じつは<うちのタマ>もかなりキツイんじゃないかと…

「気やすく触んなよ」

「ハハ~ッ! 了解であります」


赤滝鉱泉

静かに夜のとばりが降りてくる。

裸電球のあかりが暗い階段をひっそりと照らし出す。




赤滝鉱泉

宿の娘さんがトントンと軽快に階段を上がって、
「ご飯で~す」
「ありがとうございま~す」


赤滝鉱泉

おお! 本日はご馳走!

ほうれん草のおひたしも付いて。


赤滝鉱泉

天ぷらだ~!
ちゃんと大根おろしも付けてくれている。

アツアツで、玉ねぎの甘みも肉厚のシイタケのうまみも、エビも、とってもおいしかった。

そしてお米と漬け物がすごくうまくて~ ご飯がすすむこと~!



赤滝鉱泉

野菜の炊き合わせも薄味でおいしくいただきました!


赤滝鉱泉

大きなナメコとお豆腐がたっぷり入ったお味噌汁。




赤滝鉱泉

翌日お金を払いに母屋に行ったら、おじいちゃんとおばあちゃんがごろりとコタツに横になっていた。

「お支払いを……」と声をかけたら
「あ、そうだね。忘れてた」 (そりゃまずいっしょ~)

おばあちゃんはメガネをかけて、請求書を渡してくれた。

明細を見ると、日本酒300円1本、とあったので、
「日本酒2本飲んでます」と言ったら

「それでいいの。今日のお昼食べないで帰るから、その分引いたの」

行きは1,000円の迎えの車代が、帰りは500円と書いてあったからそう言ったら
「娘の都合で10時に乗せられなくて11時になったから、それもいいの」

(私はチェックアウトが10時だと思っていたのだが、この宿はみんなお昼を食べて帰るらしい)

その温かな経済観念に、じーんとした。





その母屋でしばらくお話しした。
「いいお湯でした。おじいちゃんは大変ですね、薪割り、重労働では?」
「いや~ 手のあいたときにやってるだけだよ」と、穏やかに笑った。

このお宿を建てたときのことをお尋ねしたら

おばあちゃんは
「昔は人手が余っていたから食事を出すだけでみんな働いてくれたの。こんな山の中でもね。
宿以外の収入があったのでここまできたけど、いまはそうじゃないから」

ああ、多分このへんの広大な土地と山林をお持ちなのだろう。
宿で上がる収益をあてにせず、宿とお湯を守り続けてこられたのに違いない。

時代が変わって土地と山林は利益を生まなくなり、おじいちゃん、おばあちゃんの後の世代は、この宿をどんなふうにしていくのであろうか。




赤滝鉱泉

おいしいお米は、決まった人に作ってもらって、1年分を蔵に入れておくのだそうだ。
おいしい漬け物はおばあちゃんが作っている菜園で採れたものを手作りされるそうだ。

「除草剤は雨が降る前に撒くの、あのこは裸足だから。走り回っても安全なようにね」
(あのこ、とは犬、暫定的ポチのことであった)

この人の作るものなら、120パーセント信頼して食べられる。

「下のおばさんに、漬け物貰いました」と言ったら
一瞬の間ののち、

「捨てなさい」と。

にべもなく言われたので、あっけにとられていると
「あれは塩で漬けただけで、もう時間がたっているから。おなかこわすといけないから捨てなさい」

一瞬の間で、彼女はそれが作られた状況、すぎた時間を判断したのである。

庭で遊ぶお孫さんを見て私が
「こんないい宿を、お孫さんも継いでくれるといいですね」と言うと
彼女は孫を見やって
「でもね… かわいそう。ここで暮らすのは」

ああ、この女性は、
半端なセンチメンタリズムやらいっときの感情で足元をすくわれることのない、
聡明な判断力をお持ちでいらっしゃる。

これからの宿の行く末においても、
孫の人生を損なうことなく、ご自身で後悔のない英断を下すことのできる方であろう。

この辺鄙な山の宿で、溌剌と自身の生き方を貫くこんな女性と出会えたことが、私はとても嬉しかった。

「また来てくださいね~」
おじいちゃんとおばあちゃんに見送られ、私は娘さんの運転で駅に向かった。
娘さんは東京で学業修了ののち、両親の指示で社会勉強として地元の企業にしばらく勤めたという。



雑誌にも載らないテレビの取材もない山の小さな宿には、1冊の本が書けるくらいの物語りと歴史がある。











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