(2012年7月7・8日 1人泊 @6,100円 連泊は昼食付き)
吾妻線を通る特急草津号の窓は、いつも汚れている。
水滴が落ちて筋になったガラスの向こうに、
雨上がりの空が見えた。
曇っていて久しぶりにほっと息がつける日だった。
中之条駅から、小型のバスに乗る。
バスは、ベルツ博士が愛したらしい日本ロマンチック街道の脇の、細い道を走り、
私は車窓を見ながら軽い驚きを感じた。
バス停に降り立ってますますその感が深まった。
いまや次第に失われつつある風景、
日本の原点のような、里山の空気感に包まれたのである。
乗客1人を乗せて走り去っていくバスの後ろ姿を眺めながら、
小さな橋の下の流れをのぞき込んだりしたのだった。
電話で予約した時に女将さんらしき宿のおばさんが
「バスで大塚、で降りて、そこから歩いて10分ほどですよ」
と言うので、タクシーはやめてバスに乗ったのである。
消えかかった文字の看板はあるが……
スマホのGPSで見てみたら、あ、これなら行けそうね。
ゆるい上りの道が続く。
ありがたいことに日差しがないので、あまり汗もかかない。
道を上りきると、山に向かって大らかに畑が広がっているのであった。
私の知らないカボチャの花のような作物は、大きな葉が伸び伸びと、
その葉の茎もとんでもなく太く、これはいったい何なのだろう?としばし見つめた。
あ、こっちは分かる、ナス。
たいへん良く手入れされ、見事に真っすぐに植えられていた。
あちらこちらに集落があり、その向こう、あの茶色の建物かな?
しばらく前に新館ができたらしい。
が、出来立てのほやほや~ のように見える。
玄関を開けて声をかけると、おばさんが現れ、記帳してお風呂の時間など聞く。
新館の内湯と、混浴の露天は夜9時まで。行ったん外に出て旧館寄りにある混浴の内湯も9時だけど、
そこには10時まで入っていいと言ってくれた。
なにせ日帰りがメインのようで、その時間も朝9時から夜9時、ということである。
湯治宿らしく「食事は6時ごろお部屋に運びます」
「は~い」
ということで本日2階のお部屋に。
廊下もきれいで、出来立て~感の延長。
あら、お部屋もほやほや~ である。
シンプルな8畳。
ちゃんと映る薄型テレビ。
では、夜、ウインブルドンのテニスを見ようかしらね。
本日女子の決勝戦よ!
して、ピカピカ~ の快適なトイレ付き。
破れていないちゃんとした網戸も付いたガラス戸を開けると、
遥かに群馬の山々を望み、目の前のこんもりした木々の下を、ゆっくりと歩いているお年寄りが見える。
まず内湯に行ってみたら……
いや~~~ 鈴なり!
風呂場に鈴なりってのもヘンだけどさ、すごいの。
33℃くらいのお湯なので、日帰りの人が3時間くらい入ってるわけ。
2時間300円とかで、その後1時間ごとに100円増しだそうで。
何人かでやってきて、5~6時間しゃべってる人たちもいらっしゃるそうです。
頑張って入ってみたが、落ち着かないことおびただしい。
まああとでなんとかなるだろう。
湯上がりはそれなりにさっぱりして、やっぱ温泉よ~
ちょっと嬉しくなったのね。
廊下のドアを開けて旧館の混浴のほうも見てみたが、履物がいっぱいで諦める。
庭を上がった建物が旧館らしい。
2カ所ほど明かりがついた部屋があるので、宿泊しているようだ。
ベランダの上のツバメの巣には、
多分もう巣立ったはずなのに、巣からはみだしてもここで寝たいらしいのが1羽。
しばらくさえずっていた。
お食事は一汁三菜 + α で、結構結構。
あら! 焼きたてですよ、このニジマス。
そしておいしい。
お刺身も白和えや煮物も、とってもおいしかった。
ご飯も柔らかめだったけど、おいしいお米だった。
満足である。
風呂場はまだいっぱい、駐車場に車もけっこう残っているので
焦らずに散歩した。
田んぼの青々した茂りを眺めながら
カエルの声が何種類か聞こえ、暮れていく中を歩いていくと
混浴の露天から大声で話したり笑ったりする男女の声が聞こえる。
この辺は飲み屋もないし、混浴で数時間を過ごすのがレクリエーションになっているのかも、
などと思った。
散歩から戻って、アーマー着けて混浴露天に。
内湯にはまだ人がいたが、露天はさすがに誰もいない。
電気が付いていないので、内湯の明かりだけ。
そして外気温が下がってきてお湯の温度もかなり低い。
30~31℃くらいの感じである。
でもとっても気持ち良くて、落ちる湯量も豊富な感じ、
独り占めして30分ほどゆっくりした。
温度が低いお湯もタイプが色々ある。
体を冷やさないタイプもあれば、急激に冷やして体の水分がどんどん排泄される、やたらトイレに行きたくなるお湯もある。
このお湯はそっちのタイプのようで、旧館の内湯には風呂場にトイレがあるんだそうな。
そして私も、トイレに行きたくなって、上がった。
ひと休みの後、旧館の内湯に。
アーマー着込んで入って行ったら、ちょうどおじさんが1人上がるところだった。
内湯は33℃をキープ。
音も湯量もすごいお風呂。
飛沫よけに色気のないビニールがかかっている。
ボーッとしていると流されそうになる。
昔、大音響のロック会場にいると眠くなったりしたものであるが
そんな感じでちょっと眠気を覚える。
大理石を使った小風呂は加熱したお湯が時々出てくる。
こっちにもゆったりと浸かって、夜は更けていく。
出てから新館の廊下のドアを開けようとしたら、開かない!
なに!!! 閉め出された!
恐る恐る暗い庭を上り、暗い旧館の前を通り、おぼつかない足取りでグルッと正面玄関に回って玄関に入ったら、息子らしき若い男の子がいたので
「旧館のお風呂に入っていたら新館の鍵がかけられて閉め出され……」
「あ~ すみません!」
事前に周辺のリサーチしておいて良かったよ~
2階なのにね。
頑張って上ってきたんだね~
時季がきたら、きっとまた頑張って下の水たまりまで降りていくのだろう。
ここには、動物や植物の豊かなサイクルがある。
朝食。
温かいご飯とお味噌汁。
温かい鮭。
ごちそうさま。
食べたら日帰りの人が来る前に露天に。
あ~ こんなふうになっていたのだ。
昨夜は真っ暗で全然見えなかった。
かなり大きな露天である。
正面おじさん風呂からの階段。
上の湯口だけでなく、時々下の格子からもプクプクッと泡が出て、
そこからもお湯が上がっているようだった。
温度も昨夜より温かい。
9時10分をまわった頃、日帰りのおじさんが入ってきた。
何となく話しをしていたら
「最近はネットを見て混浴だって分かると、ヘンなやつらがたくさん来るよ。
見ててごらんよ、あと1時間もすればゾロゾロ来るから」
ヘンなやつらが来る前に、おじさんのお風呂友達が3人、前を隠したり隠さなかったりでやってきて
もうつまりは<おれっちの風呂>状態であるから上がる。
彼らが車で去っていったのは、12時半を過ぎていた。
散歩しよっと。
こんなに散歩が楽しいところも、そうそうない。
宿の前から少しずつ上り、その後も道は続いてどこに行くのであろうか。
反対に下ってゆくと、ニワトリののどかな声が響き、畑の真ん中に小さな牛舎のようなものも見え、
家の裏手には竹藪の竹が微かに揺れる。
緑色の元気な植物はズッキーニだった。
へえ~ こんなふうに実るんだ。
丸々としたズッキーニ。
出荷の時も近い。
バス停まで流れていく川かな。
少しずつ離れた家々の畑には、ネギや枝豆、その脇には様々な花が植えられ、
食べるだけでなく、なにかあるゆとり、を感じることができた。
トウモロコシの畝も真っすぐで、すくすく育っている。
家からおばさんが出てきたので
「こんにちは!」と声をかけると
「こんにちは」と返してくれる。
向こうを向いて顎の下を掻いている猫にも
「こんにちは!」と言ってみたら
一応振り向いて 「へっ?!」
たぶん過疎も進んでいるのだろう。
かつてはこんな時間帯には、そこここで遊んでいる子供たちの声が響いたに違いない。
いま、少なくなった子供たちが中之条の学校に通うのも、たいへんなことだろう。
いつまで続くか分からないが、
ここで生まれ、ここで育ち、ここで一生を終える生業をあるがままに受け止め、
日々を過ごす。
そこにある穏やかな明るさをこの土地に見たように思う。
「お昼です」と、クリクリした目の、昨日の息子のおにいちゃんらしき人がお蕎麦を持ってきてくれた。
箸を入れたら全部持ち上がって焦った。
ちょっと乾いてしまっているが、一瞬乾麺かと思うほど細く正確に切ってあり、
これは手打ちかな?
炒りたてのゴマも香ばしく、こういうお昼はとても嬉しいものだ。
「夕食です」と、息子のお嫁さんらしき若い女性が持ってきてくれた。
3~4歳の女の子が付いてきて、お母さんの後ろからはにかみながらこっちを見ていた。
あ~ 献立は全部変えてくれてます。
隣の部屋には、今日は7~8人の団体がいて少々うるさい。
本日もおいしくいただく。
ここで作ったものだろう、山椒の新芽の佃煮が香り高く、これだけでもご飯がすすむ。
ちょうどよく、ほ~っといただけた食事だった。
帰る日の朝は、広々とした内湯独占。
溢れるお湯も……
高い天井の木組みも……
すべて心地よかった。
豊富に体をすり抜けていくお湯……
贅沢な大理石……
だから上がる時には心から「ありがとうございました」と言えた。
おまけに「おや? この足は誰の足?」というほど細くなっていた。
摂取する水分以上に排出されるので、体の余分な水分が抜け、
つまりは水太りのむくみが解消されたわけね~!
(帰ったら元通りだけどね、きっと)
バスの時間が合わないので帰りにタクシーを呼んでもらおうとしたら
息子が「1,000円で駅まで送ります。忙しい時はダメなんですが、ちょっと聞いてきます」
で、お父さんが送ってくれることになった。
10時に玄関に行くと、息子とよく似たクリッとした目のお父さんが上がりかまちに座っていて
(もとい。お父さんとよく似た息子、なんだけど)
立ちあがって車に案内してくれた。
お父さんは女性が苦手な雰囲気が伝わってきたが、あれやこれや質問しているうちに
代々伝わってきたお湯を自分の代で掘り直して湯量を増やした話なんぞをしてくださった。
突然「そばどうだった?」と聞かれポカンとしていたら
「蕎麦さ、昼に出ただろ? どうだった?」
「あ、お蕎麦ね、おいしかったですよ。今度来たら、また食べたい。あれ、手打ちですか?」
「うん、最近作ってみたんだ。だからさ、どうだったか聞いてみたかったんだよ」
<聞いてみたかった>
すべからくこの姿勢なればこそここまで続き、そして代々続いていくことだろう。
今度は人の少なそうな冬に来ようっと。
「また来てください」と笑顔のお父さんに見送られ、駅の入り口に向かった。
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