(2012年1月3・4日 2人泊)
水上は連日の大雪である。
土地の人には申し訳ないが、
私はルンルンしちゃう。
降りすぎて新幹線が止まったら、帰らなくていい理由ができる。
とか。
まあ、そこまでじゃなくていいんですけど。
上毛高原からバスで30分ほど。
バス停まで若女将が車で迎えに来てくれた。
そこから車で10分。
周りは真っ白の雪景色。山の向こうの水上ほどではないが、たくさん積もっていた。
待望の<峰・岩風呂付き>宿泊である。
今年97歳になられる大女将さんもお元気だとのことで、なによりであった。
若女将が本館に手伝いにいっている昼間は、部屋でずっと1人でお過ごしである。
大女将さんは難聴なのですごく心配になるが、小柄なご本人はつやつやしたお肌でニコニコしていらっしゃる。
今回もまちこ付き。
彼女は、出張生活しながらのお仕事、という年齢的に過酷な状況から、昨年末やっと足抜けできたのであった。
その後ちょくちょく仕事で顔を合わせ、
私はなんとなく
「足抜け祝いにおいしい赤ワインをご馳走するよ」と言ってしまったのね。
で、ここに赤ワイン1本ぶらさげてくる羽目になりました。
岩風呂。
え? よく見るとすごいですね…
一枚岩、くりぬいてあるよ…
な… なんか鄙びた山の一軒宿らしからぬ贅沢ぶり。
ええっー!
そしてもったいないほどの豊富なお湯が、
ジャカジャカとかけ流されていってます。
お湯の温度はこの時季思っていたとおり、ホントに私にはちょうどよい。
川古の38~39℃のお湯は私には温かすぎるのだが、外気温零下の真冬のこの状態だと、
とろけるくらいに心地よい。
顔はひえひえ、そして体は快適。このまま寝ちゃってもいいくらいである。
あ~ もったいない!
お湯は下から通される。
湯船の岩がややひんやりしているが、やがてお湯と同じ温度に温まるのだろう。
透明で、かすかに温泉臭を感じ、そして素晴らしい泡付きで、肌が大喜び。
1時間なんかあっという間に過ぎていくのであった。
2人でも十分に入れる大きさで、そして部屋から3歩歩けば風呂という贅沢三昧。
しっかりあったまったあとで、夕暮れ時、ちょっと外を歩いてみました。
白く、そして静かな世界。
橋の上では、除雪車が雪掻きしていた。1日2回やらないとダメなのかもしれない。
雪国は大変だ。
夕食は食堂で6時から。
真ん中に薪が燃えていて、周囲に椅子が8脚。
今日はちょうど8人の宿泊。
本館 浜屋から運ばれたお食事。
若女将が1人で配膳してくれる。
外は雪景色。目の前には薪が燃え、
そして鮮やかな色のトマトとピーマンは、濃い味がしておいしかった。
味付けも量も私たちにはちょうどよいお食事の後、デザートに練り切りをいただき、
部屋に戻るとお布団が。
食事の準備の後、若女将が急いでお布団を敷いてくれたのだろう。
しばしおなかをさすってからお茶で練り切りをいただく。
おなかいっぱいでも、入っちゃうものよね~
甘さほど良く、お正月気分満喫。
その後、明けましておめでとう~
足抜けおめでとう~ とワインで乾杯。
まあそれなりに吟味したんですよ、このワイン。
ワインショップのおねーさんとあーだらこーだら。
「当店が見つけた、シシリアの小さなワイナリー。かなり重厚感があって余韻も長いオススメの赤ワイン」を買おうかどうしようか…
しかしまちこは「いいワインかもしれないけど、私もっとあっさり軽いのが好き」とか言いそうだしな…
うーん、言いそう。
やっぱり分かりやすいブルゴーニュにしとくか~
2008年は当たり年だっていうし。
というわけでピノ・ノワールです。
持参の北海道のチーズ<大地のほっぺ>、ブラックチョコレート、殻付きナッツつまみながら。
2008年ブルゴーニュ、軽やかによろしく、値段的に2ランク上なら言うことなしの当たり年感が伝わってきた。
まちこ、パクパク食べ、かつ飲み、ワインもつまみもおいしいと叫び、その後
「私、赤ワインは重くてずっしりした感じのが好き」とのたまう。
次は自分で持ってくるよーに。
その後部屋の露天にまったりと1時間以上入りお布団に。
さきにもぐり込んだまちこ
「あっ! アンカが入ってる!」
糊がきいた冷たいシーツの真ん中に、アンカではなくて湯たんぽが入っていた。
きゃぁ… つめたっ! 少し体を動かすと
ひぇ~~~ ひぇ~~~
思わず「なんて冷たいシーツ」と言うとまちこが
「これが田舎の布団です!」
はい、そうですね。
だから湯たんぽがありがたい。
しかし何でこんなに冷たいんだろう?うちのベッドに入るときにはこんなに冷たくないんですけどね。
そうか、私んちでひやっとしないのは、マイクロフリースのシーツだからなんだ。
来年はシーツ持参だわ…
と考えながら、体を動かさないようにじーっと、眠りについた。
内湯では、毎月湯治に来ているという方とよくお話しをした。
効果のある抗がん剤が、もはやなくなってしまったという。
ここのお湯に賭けていらっしゃるようであった。
「1日4時間以上入ろうと決めているんです」
日本全国どこの温泉宿でも、そこの温泉ががんに効く、とは謳っていない。
が、多くの人々の口伝えによって、「がんにも効く」と言われている温泉場が各地にある。
山の中のここのお湯を頼りに、毎月遠路はるばる通ってくるその女性は、
温泉を選ぶときにそれらの人々の言葉ではなく、自らの体感で判断されたようである。
このお湯には4時間入っても疲れず自分の体に合うという実感を持ち、食事もおいしく戴け、
そして常に前向きに勇気を持って日々を過ごしていらっしゃった。
その精神で50パーセントは病気に打ち勝つことができ、あとの50パーセントは、運命であろう。
いい医者と出会えることも含めて。
と、私は思う。
朝は寒い。
そしてお湯が嬉しい。
丸く輪になって和やかに朝の食事。
ありふれた朝食。
静かに、そして清々しい場だった。
パリパリと歯ごたえのよい、月夜野で採れたリンゴ。
透明なツララができた木がみんなの視線を集め、入れ替わり見に行く。
穏やかなひとときだった。
今日という新しい日が、始まった。
夜の間シートをかけておくだけだったが、部屋の露天の温度は下がらなかった。
お湯で温まった一枚岩の保温が優れているのと、大量のお湯が流れているためではないだろうか。
この見事な岩風呂は、先代が中国で岩をくりぬいたものを買い付け、運んだのだという。
内湯で一緒になった宿のお馴染さんが教えてくれた。
誇示することはしていないが、湯小屋と風呂場とをいい状態に保つために、
惜しみなく資金を使っているのである。
そのあまりの贅沢ぶりに、ちょっと圧倒されるのであった。
(こんな目立たない群馬のはずれの山の中の一軒宿で……)
お湯の量の豊富さ、その泉質、その温度。
私にとって理想的な温泉。
こんなところ見つけちゃって~
「誰にも教えたくない!」
あとで内湯でほかのお客さんにそう言ったら
「私も誰にも教えたくない!」と言い、お互いに笑ってしまった。
みなさん、ここのお湯が好きで、というより惚れ込んでいて、
そんな人たちばかりだから、
おのずと楽しい会話だった。
雪はどんどん降ってきて
私は窓の外を眺め「いいねえ、いいねえ~」を繰り返し
そして秋田産のまちこに笑われた。
「このお湯は、体の中の悪いものを全部流し去ってくれるような気がするんです」
と、湯治の女性はおっしゃった。
お湯の中で体をさすると、肌をベールのように覆う細かい気泡がいっせいに湯面に上ってきて、
かすかな音をたてて弾けていく。
そのひっそりとした音と共に、気持ちまでもすっきり洗い流してくれるような気がする、
そんなお湯である。
いつまでもいつまでもいつまでも、たゆたっていられるお湯である。
この小さな湯船の中に、もしかしたら涅槃があるのかもしれない。
元日早々、訃報があった。
仕事仲間の死を、この湯船の中で悼んだ。
孫子、親戚に囲まれて、自分の財産はいったいどうなるんだろうとヤキモキしながらこの世を去るのと、
周りに誰もいないけれど、
「ああ、そこそこ楽しいいい人生だった」と思いながら1人で死ぬのと選べるのであれば、
私は絶対後者を選ぶ。
孤独死が<気の毒>であると感じるのは生きている人間であって、
旅立つ人間が孤独を感じるかどうかは、その人間次第である。
できることなれば私は
孤独を感じない人生の終わり方をする生き方をし、そして孤独に去りたいと思う。
2日目の夕ご飯。
おなかがすき、楽しみで、そしておいしい。
夜になると雪は一段と激しく降ってきて、私は外を眺めて大喜びした。
窓のすぐ下の雪は、もはやこんもりと山になった。
雪がこやみになると、あたりの静寂がどこかあたたかかった。
白く… 冷たく… 明るく…
美しく、そして恐ろしくもあり、豹変し、様々な表情を見せ…
冬の時季にだけ、私たちの前に現れる。
雪。
2泊はあっという間に過ぎてしまった。
え? もう帰るんだっけ?!
「来年は3泊だね!」 「ホント! 2泊じゃ短すぎ!」
帰る時間が迫ってもう入れない露天からは、相変わらず豊かに音をたててお湯が流れ去っていた。
誰もいないので、隣の部屋の露天をのぞいてみた。
ちょっとこぶりのお風呂。
そのとなりの部屋の露天はちょっと大きめ。
次はどのお風呂になるかな~
いい時間だった。
最後にお湯に「ありがとうございました」と頭をさげたら、
そばでまちこが
「本当にそう言いたくなるお湯だったねぇ」と言った。
なごり惜しく、そしてとても幸せに思った。
次に来るのが楽しみな宿。そして必ずまた来る宿。
そんなにたくさんは、ない。
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